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蓮の起こした事件は、連日ワイドショーで取り上げられ、ファンや関係者だけでなく、一般の人まで関心を寄せる大きなニュースとなっていた。 起こしてしまった事の重大さに、もちろん放送開始されていたドラマは打ち切りに、決まっていた仕事なども全て降板となり、賠償金もかなりの高額になるだろうと報道されていた。 そして、何より波紋をよんだのが、蓮の動機だった。 警察での取り調べで、蓮は、瑠羽を刺した理由を、 『彼女が好きだから』 と、語り、痴情のもつれと報道された事で、瑠羽への関心も多くよせられた。 瑠羽がアマチュアバンドのギタリストで、インディーズデビューを控えていた事などの情報も流れ、彼女の顔写真まで出回る様になり、蓮のファンを中心に、今回の事件は瑠羽が元凶だと叩くコメントまで出始めていた。 瑠羽を叩く為だけに、あることないこと好き勝手に書かれ、汚い言葉が飛び交うネットの掲示板。 彼女の容姿の高さだけの評価で、擁護する者達まで現れ、瑠羽を知らない者同士での争いは、見るに耐えない混沌とした空間だった。 もちろん、Rose thornsや瑠羽のファン達も負けじと言葉を発していたが、出来上がっててしまった負の集合体の中で、僅かに光を発するだけで、流れを変えるには至らなかった。 こんなものを彼女が見たら… 大和は、どうにも出来ないやるせなさと強い怒りを感じながら、少しでも穏やかに、瑠羽が身体を治す事だけに集中して欲しいと願った。 しかし、そんな願いはとても淡い希望である事を思い知る。 今回の件で、瑠羽だけでなく、Rose thorns自体が、不本意な注目を浴びる事になり、取材陣がライブハウスに集まる事態にまでなっていた。 瑠羽を欠いた事で活動が実質、休止状態になり、ただでさえ途方に暮れるメンバーに更に追い打ちをかける様な世間の状況。 そして、周りの人達へ多大な迷惑を掛けてしまっている事に、メンバー達は大きな責任感を感じ、精神的に参ってしまっていた。 大和は、変わらず忙しない日々の中で、意識的に彼らに連絡を入れ励まし、時間が取れれば会いに行った。 そんな日々を過ごしていた大和は、ようやく出来たオフの日に瑠羽の見舞いに行く事にした。 入院中の瑠羽とも、連絡を取り合っていた大和。 蓮の事にはあえて触れず、体調を気遣う文面のやり取りであった。 ベッドから降りる事がまだ出来ない様であったが、術後経過は良好で、順調に回復をしている。 メールでのやり取りの中での瑠羽は、これまでと変わらない印象を受けた。 病院に到着した大和は、帽子を目深に被り、マスクを付けて、木下 大和だと周りにバレない様に、いつも以上に気をつけて、入口を通った。 そして、瑠羽の入院している、個室の病室の部屋をノックすると、中から 「はい。」 と声がした。 ドアから少し進むと、ベッドがあり、その周りはカーテンで囲われていた。 大和は静かにカーテンを開け、ベッドの上にいる瑠羽を確認すると、そっと微笑んだ。 「久しぶり。」 瑠羽は、ニコッと笑うと、右手を少し上げた。 「久しぶり。 すぐ来れなくてごめんな。」 「いいよ、いいよ。 状況が状況だしね。」 瑠羽は、少し悲しげに微笑みながら、近くの椅子に座る様促した。 「どうだ? 体の調子は?」 「ああ、うん。 だいぶ回復はしてるよ。 ただ、動くとお腹が痛くて。」 咳をしてもクシャミをしても、何をするんでも痛いんだよ 瑠羽は、困ったように笑っていた。 「大変だな… でも…まぁ元気そうで良かったよ。」 大和もつられる様に眉を下げて安堵の息を吐いた。 「ねぇ、大和…」 「ん?」 「ありがとね。」 瑠羽は、急に真面目な顔をして、大和の目を真っ直ぐ見つめた。 「私にもそうだし、恭太達の事もいつも気にかけてくれて…。 みんなも本当に感謝してる。 それと… 迷惑かけてごめん。」 「いいんだよ。 そんなの全然気にするなって! 純粋に心配だし… まぁ、俺なんかに出来る事なんて気にかけてあげる事くらいしかないんだけどさ…」 「うん… ありがとう。」 そう言って微笑む表情は、心無しか悲しそうにも見えた。 あ、そうだ 大和は手荷物で持ってきた紙袋から、数冊の雑誌を取り出した。 「お見舞い。 何がいいかわからなかったから、手当り次第買ってきた。」 大和は、瑠羽の近くに雑誌を重ねて置いた。 それは、全て音楽雑誌だった。 音楽が好きな瑠羽へ、退屈しのぎにでもなれば… 「ありがとう。」 雑誌をパラパラとめくる瑠羽に、 「元気になって、早くライブが出来る様になればいいな。 ファンが待ってるぞ。」 大和はそう声をかけた。 「そうだね。」 眺めていた雑誌を静かに閉じ、瑠羽は、小さく呟いた。 「…なんか… 少し疲れちゃったな。 ごめん、大和。 来てくれたばっかりだけど…」 瑠羽は、申し訳なさそうに大和に言った。 「あぁ、ごめん。 まだキツイよな。」 大和はいそいそと立ち上がると、 「じゃあ、またな。」 優しい声でそう言って、そっと瑠羽の肩を叩いた。 「うん。 またね。」 大和は再び、ベッド周りのカーテンを閉めてあげると、瑠羽の病室を後にした。 ひとまずは、元気そうな彼女の姿を確認できて、胸を撫で下ろす。 「あ…」 病室から数歩進んだ所で、持ってきた自身のバッグを置いてきてしまった事に気がついた大和は、苦笑いを浮かべながら、病室へ戻った。 ドアをノックし、開けたが、中からの反応がない。 不思議に思った大和は、瑠羽の名を呼ぼうとした時、返事の代わりに、聞こえてきたのは 瑠羽のすすり泣く声だった。
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