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「…瑠羽?」 大和はカーテン越しにそっと声をかけた。 声をかけると、すすり泣く声は止み、 「……大和……?」 涙声の瑠羽が小さく声を上げた。 「開けるぞ!」 険しい顔つきで、大和はカーテンを開けると、涙で顔を濡らし、目が赤くなっている瑠羽が静かに大和を見つめていた。 「どうしたの?」 頬を流れる涙を乱暴に拭うと、瑠羽は、笑みを浮かべて大和に尋ねた。 「忘れ物しちゃって… てか、どうしたんだよ。 なんで泣いてるんだ?」 「別に何でもないよ。」 少し笑って見せた瑠羽に、大和は険しい表情を崩さなかった。 「何でもない事ないだろう?」 瑠羽は、大和から視線を逸らすと、ハハっと少しだけ乾いた笑い声を上げ、俯いた。 「…もう…無理だよ…」 「え?」 「もう…無理だって… もう… Rose thornsには戻れないよ!」 瑠羽は、大声を上げ、ベッドの脇に重ねてあった大和からのお見舞いの雑誌を、勢いよく床に落とした。 その力の反動で手術痕が痛んだのか、顔を歪めながら、腹を抱えて蹲った。 「瑠羽…大丈夫か…?」 大和は瑠羽の背中を優しく擦りながら、問いかけた。 「なんで、バンドに戻れないんだ? ファンはみんな待ってるぞ?」 「…大和は知らないの?」 変わらず、痛みに顔を歪めながら、瑠羽は静かに体勢を整えながら、小さく聞き返した。 「今回の事で、どれだけ非難されてるか… 大和は知らないの?」 その言葉に、大和はドキッとして思わず口篭る。 ネット上で、集まる数々の批判。 それを、瑠羽が目にしていなければいいなと思ってた。 しかし、それはとても甘い考えだと思い知り、そして、その対象となった瑠羽がどれ程傷つくか、本当の意味で理解が追いついていなかった。 どこかで、瑠羽はそんなものには負けないと願望にも似た考えだった事に大和は自分自身で愕然とする。 本当は繊細で脆い部分もあった事を知っていたのに それを強がりで隠しているだけなのを分かっていたのに 彼女なら大丈夫だと安易に考えてしまっていた。 床に散らばった雑誌を拾い集めながら、 「ごめんな」 大和は呟く様に謝罪をした。 「昔からこんな事ばかりで、正直疲れたよ。 私のせいでバンドの未来に影が落ちた。 別のギタリストを探して活動した方がいいんだ、きっと。」 「そんな事言うなよ! それ、恭太達に言ったのか?」 「まだ、言ってない。 私がこんな状態で、バンドから切りずらいだろうから、次に会った時に辞めるって言うつもり。」 瑠羽は、大和に視線を向けず、ただ虚ろに床を眺めていた。 「おい、瑠羽!」 瑠羽は、Rose thornsに必要なメンバーだ 恭太達だって、そう思ってるはずだ。 そもそもこんな事になったのは、瑠羽のせいではないのだから。 大和は心を閉ざそうとしている瑠羽をなだめ、何とか気持ちを持ち直せる様に言葉を掛けようとした。 その時 「あのまま…死ねたらよかったのに…」 ポツリと呟いた瑠羽の言葉に、大和は一瞬で我を忘れた。 「お前!何言ってんだ!?」 力強く、瑠羽の両肩を手で掴み、更に力を込める。 痛みに顔を少し歪めたが、瑠羽は、大和を強い眼差しで見上げながら続けた。 「実際にそう言ってる人達も思ってる人達もたくさんいるでしょ!? 妬まれて僻まれて、暴言を浴びせられる。 もう!うんざりなんだよ!!」 瑠羽の叫びは、静かな病室に響き渡り、怒りや悲しみが充満していくのを感じた。 そんな感情に身体を突き刺される様な痛みを感じ、大和は瑠羽の悲しみに感化される様に顔を歪めた。 「もういいから… もう放っておいてよ。 …1人にして…」 瑠羽は、大和から目を逸らし、脱力した様子で呟いた。 「なぁ、瑠羽。」 大和はその場にしゃがみ込み、ベッドに投げ出されている彼女の手を優しく握った。 「俺は瑠羽の味方だよ。」 大和のその言葉に、瑠羽は眉をひそめた。 「は?何それ?」 瑠羽は、怪訝そうな表情を浮かべ、手を振りほどこうとしたが、大和は手を離さなかった。 「確かに、こういうのって言葉にすると、少し嘘くさいよな。 俺はさ、瑠羽と知り合って長い訳じゃない。 だから、何を知ってるのかとか、何が分かるのかとか、思うかもしれない。 けど、その少ない時間の中でも、瑠羽の歩んできた道や考え方を少しは理解出来てると思うし、これから進む未来を、純粋に応援したいって思ってる。」 大和は黙って耳を傾ける瑠羽に優しい笑みを浮かべながら、思いを語った。
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