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翌日 大和は都内某所で雑誌の撮影をしていた。 2月中旬という寒空の下、外での撮影は肌を突き刺す程の痛みを感じる。 曇り空で薄暗い街並みをぼんやり眺めていると、なんだか物悲しく、色々な思考が頭を巡る。 あれから色々と考えてはいるけれど、蓮の件について、何もいい案は浮かばなかった。 やはり、実際に会わなくては、何も進まない。 どうにか、頼み込んで会う事は出来ないだろうか。 いや、でも… 蓮は自分に会いたくないだろう 撮影の休憩中、渡されたダウンを着込み、ホットコーヒーを手に椅子に座っていた大和は、また更に思考の渦に沈んで行った。 今、頭を占領するのは瑠羽だった。 彼女と出会って約半年。 初めて会った時の印象はとても悪かった。 しかし、そんな彼女のおかげで、長年避けていた過去を受け入れる事となり、そして、関係もどんどん変化していく中で、感じる想い。 強い様で弱く 厳しい様で優しく 尊くて儚い 本当に 本当に好きだと思える。 だけど、変わらず思えるのは、自分との幸せな未来をという願望より、彼女自身が思う幸せを手に入れて欲しいという事。 その為に出来ることなら何でもしてあげたい。 真っ直ぐに愛を表現し、共にいて欲しいと強く願った蓮とはまるで違う愛情。 こんな想いを知ったら、そんなの愛じゃないと言うだろうか。 蓮は今、何を思っているのだろう。 彼女を手にかける事で、確認しようとした、彼の愛情には答えが出たのだろうか― 「…大丈夫ですか?」 ぼんやりと思考の渦を彷徨っていた大和に、静かに声が掛けられた。 そちらに顔を向けると、穏やかに、でも少しだけ心配げな顔をしたマネージャーが立っていた。 「あぁ…はい。」 大丈夫なのか? そう問われると、"何が"なのか、"何に"なのかよく分からなかったが、大和はうっすらと笑顔を浮かべて答えた。 「佐山さん…どうしてますかね…」 マネージャーは、大和に問うでもなく、小さく呟いた。 大和は黙ったまま、少しだけ視線を俯かせた。 すると、 「あ、そういえば…」 マネージャーは、これ、見てくださいと携帯の画面を大和に向けてきた。 不思議そうにそれを見つめる大和に、 「今、こうゆう"声"があがってるみたいなんです。」 マネージャーは、笑顔で言った。 その日の夜 もう時刻は23時を回っていた。 テレビもつけず、時計の秒針の音だけが妙に響く中、大和は自室の机に向かっていた。 目の前には何も書かれていない白い紙。 大和はボールペンを握ったまま、1度軽く目を閉じた。 『佐山 蓮くんに想いを届けよう』 マネージャーが教えてくれたのは、蓮のファンが呼びかけしている、そんな動きであった。 帰宅してから、大和はその動きについて詳しく調べてみた。 発起人は蓮のファンである20代の女性。 彼女は、国内で多くの人が利用している大型ネット掲示板にて、蓮に想いを届けようと呼びかけていた。 掲示板に声を寄せてもらい、彼女がまとめて、蓮の所属事務所に送る流れになっていた。 発起人の女性は、まだ蓮のファンになって日は浅いとしながらも、出演した蓮の作品に心を打たれ、役者としても、それ以外で見せる明るさや笑顔に救われたと、熱い想いを語っていた。 だから、何とか彼の力に成りたいと強く考えているようだった。 また、役者としての彼の活躍を望む。 それには、大前提として、今回の罪をきちんと認め、反省し、自身の犯した事に向き合ってほしい。 いつまでも待つから、罪を償って帰ってきて欲しいと、切実な願いを語っていた。 だから、被害者である女性―つまり、瑠羽の誹謗中傷や、蓮自身への辛辣な言葉ではなく、純粋に彼へ寄り添う言葉を募集していた。 それに対し、多くの賛同者が声を上げていて、それを見た大和は、喜びや感動といった感情で心が暖かくなる気がした。 彼を想っていても、肩入れする事無く、起きてしまった事柄を理解し、犯してしまった罪を償って欲しいと考える。 そして、いつの日か、戻って来れる日を、いつまでも待つ。 一時は、瑠羽を叩く闇の様な感情ばかりを目にする事が多かったが、ちゃんといるんだ。 蓮を綺麗な心で想う素敵な人達が。 大和は、そんな呼び掛けをする彼女の動きに習って、蓮に手紙を書くことに決め、それを、瑠羽や恭太達に知らせると、彼らもそれに賛同し、手紙を書くことになった。 面会は出来ないが、手紙なら渡してもらえるかもしれない。 蓮に伝えよう。 自身の想いを。
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