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大和は変わらず、緩やかに流れる川を眺め、ベンチに腰掛けながら、過去を思い返していた。
気がつけば、時刻は18時30分頃になっていて、日も沈み辺りは暗闇に包まれていた。
この時期だけの風景を見る為に、チラホラ人影があり、それぞれがベンチに腰掛けたりしている様子だった。
それからしばらくして、後方からこちらに近づいてくる足跡を感じ、その足跡の主は、大和が腰掛けるベンチに少しの間を空けて、静かに腰を落とした。
「お疲れ。」
「うん、お疲れ。」
短い挨拶を交わし、軽く微笑みを浮かべるその相手は、瑠羽だった。
今から数日前、瑠羽は、大和に霞川公園で会おうと連絡をしてきた。
この時期に、霞川公園で見られる蛍を一緒に見よう。
そんな誘いを、大和は快諾し、夜の7時前には公園に来る様に、指定した。
「あ!飛んでるね。」
チラホラ飛び交う蛍を見つけ、瑠羽は嬉しそうにしており、大和はそんな彼女の横顔を優しい笑みを浮かべて眺めていた。
「もう少ししたら、もっとよく見えるよ。」
大和の言葉の意味が分からない瑠羽は、少しだけ小首を傾げ、再び川の方へ視線を向けた。
そして、時刻が7時になった時
公園内に立っている街灯が全て消えた。
一気に暗闇の空間となり、え?っと瑠羽は小さな声を漏らして、当たりを見回していた。
大和が言葉を発するため、口を開いたその時、
「わぁ……」
驚きの様な感動の様な、そんな声を瑠羽が小さくあげた。
蛍が見られる霞川公園では、この時期、夜の7時から30分だけ、街灯の電気が消される。
電気が消えると蛍の発する光はより1層引き立ち、とても幻想的な空間となる。
大和はこれを見せる為、時間を指定したのだ。
蛍の飛行と共に長く引かれた線の様な光は、やがて、静かに消えていく。
それが無数に広がるそんな景色は、とにかく幻想的で、魅入られた先に何とも言えない切なさも感じた。
ウタはこの光景を見て、"恋蛍"を作った。
彼が見た景色を、自身の好きな歌が作られた景色を、一目見たい。
それは、瑠羽の願いだった。
今、彼女の目の前に広がるのは、蛍の飛び交う幻想世界か
それとも、愛しい"彼"の、正に幻想か―
本来であれば、この空間を共有する、隣にいて欲しいと願う相手は、彼であり、自分ではない。
大和は、声も発さず、ただ幸せそうに笑顔を浮かべる瑠羽を眺めながら、少しだけ泣きそうになるのをぐっと堪えた。
「ありがとう、大和。」
しばらくの間、会話も交わさず、包まれていた静寂を、静かに瑠羽が破った。
「何に対しての、ありがとう?」
大和は疑問を素直に口にした。
「ん~色々。
今日、こうやって付き合ってくれてる事にもそうだし、大和は大変な時にいつも寄り添ってくれてるなぁって思って。」
「あぁ。どういたしまして。」
大和は軽く笑いながら、そう答えた。
「…あのさ…」
瑠羽も大和と同様に軽く笑っていたが、そこまで発すると、何だか言いにくそうに、下を向き、ベンチに置いた手にギュッと力を込めた様だった。
「どうした?」
「誰にも言ってないんだけど…
蓮があの日、ナイフを持って私の前に現れた時、あぁ、私、刺されて死ぬのかって、不思議なくらい冷静に受け止めてたんだ。
怖いって感情よりも…
私もこれで、ウタの所に行けるんだって…
思った。」
大和は、1度、心臓がドクンっと大きく脈打つのを感じた。
心がざわつく。
それでも、大和は口を挟む事をせず、瑠羽の言葉に耳を傾けた。
「でも、実際刺されてさ。
今まで感じた事のない程の痛みが全身を駆け巡った時、そんな事をさせてしまった蓮に対して、凄く申し訳ないって思って…
丁度居合わせたモモが必死に私を守ろうとしてくれてたり、ハッキリと覚えてないけど、後から来た恭太が激昂してたり…
朦朧とする意識の中でさ、仲間とか色んな人の顔が浮かんできて…
やっぱ、死にたくないって思った。」
「うん。」
体を完全に瑠羽へ向け、真剣な眼差しで聞き入る大和は、少しだけ苦しそうに相槌を打った。
気がつけば、もう30分経ったようで、その時、公園内の街灯が一斉に灯りを灯し、互いの表情が分かる位の明るさとなった時、大和は思わず、瑠羽を抱きしめたくなる衝動に駆られた。
瑠羽は、大和と同じ様に体を彼の方へ向け、眉を下げ、今にも泣いてしまいそうな表情で、目を潤ませていた。
「意識が朦朧として、薄れてく中で…
最後に頭に浮かんだのは……
大和だったんだよ。」
変わらず、眉は下げたまま、瑠羽はニッコリと微笑んだ。
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