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時刻は18時30分となり、定刻通りライブがスタートした。 ヴィジュアル系ならでは、激しい曲が多く、演奏に合わせ思い思いに盛り上がるファン達のうねりは1つの巨大生物の様で、それを演奏で指揮するメンバーとの一体感は素直に凄いと感じた。 演奏レベルも高く、時折挟まれるバラードもメリハリが付けられ素晴らしいステージだなと、大和は感心した。 すぐ階下で広がるそんな空間とまるで別世界にいる感覚 ステージで演奏する彼らに昔の情景を重ねて 楽しげに一体化した空間の先頭を走る彼らに無性に羨ましさを感じ、胸の奥底に痛みすら覚えた。 大和はそっと蓮を見る。 蓮はただ1点 瑠羽だけを優しい笑みを浮かべて見ていた。 愛しい人を見つめる優しい笑顔。 凄く好きなんだな それを実感させる。 瑠羽は、 小柄で美しい女性 だが、それを全く感じさせないステージング。 荒々しく攻撃的でありながらも、的確な演奏で、かなりの腕前であった。 曲中に見られる彼女のギターソロは、体を突き刺す様に鋭く、それでいてとても心地が良い。 とても激しいギタープレイなのに 何故だろう 彼女の背に天使の大きな羽根が見える様だった。 1時間30分程でライブは終了した。 2階席からファンが帰っていく姿を見ながら、今のアマチュアは技術面も演出面もレベルが高く、凄いんだなと、大和は物思いにふけっていた。 「どうだった?」 そんな大和に蓮が問いかける。 「凄く良かったよ。」 蓮の問いに我に返った大和はニッコリと微笑みながら答えた。 「じゃあ、良かった。 溜まった鬱憤みたいのが晴れればと思ったけど、あんまりノれてないみたいだったから、心配になっちゃった。」 蓮は少し眉を下げた。 「いや…。アマチュアでも、レベルが高いんだなって圧倒はされたけど、楽しかったよ。」 大和は蓮の優しさに応えるように、ありがとうと、頭を軽く下げた。 それから、大和と蓮は、個室のある居酒屋に移動した。 メンバーも片付けや着替え等を済ませてから合流する予定だ。 蓮がライブを見に行く時は、いつも彼が店を予約し、Rose thornsの4人とモモにご飯をご馳走している。 大和達が店に着いてから約1時間後、メンバー達が合流した。 私服に着替え、化粧を落とした彼らは、普通の今どきの若者。 ヴィジュアル系メイクを落とし、ナチュラルメイクの瑠羽は、更に綺麗さが際立っている様だった。 彼女はフード付きのトレーナーを着ており、席に座るまでフードを被っていた。 「今日も凄く格好よかったよ!」 それぞれが好きな飲み物を注文し、乾杯をすると、蓮は満面の笑みでライブを賞賛した。 「木下さんはどうでした?」 恭太は大和に尋ねる。 「うん。楽しかった。」 大和は口元を微笑ませてそう言い、感想を続けた。 「演奏レベルが高い事に凄く驚いたよ。 みんな、好きな様に暴れ弾いてる様に見えて、音のバランスも取れてて、個々のレベルだけじゃなくて、チームワークもいいんだなって思った。 あと、今のライブハウスって機材とか照明とかいい物使ってるんだね。 音もクリアだし、演出も良かった。 都内だからかな~?」 そこまで話すと、皆がじっと見つめてきている事に気がついた。 「あれ? 何かおかしい事言ったかな…?」 苦笑いを浮かべ、大和は周りを見回す。 「木下さん、バンドやってました? もしくは、凄い音楽好きですか?」 恭太がそう聞くと、 「え!? そうなの!? 初耳なんだけど!」 大和の隣に座る蓮が大きな声を上げて体を大和の方に向けた。 「あ~…」 大和は声を漏らすと困った様に眉を下げた。 『好きな音楽とかはありますか?』 よく聞かれる質問の1つ。 大抵は流行歌などを上げ当たり障りなく回答している。 あえて自分から音楽関連の話題を出す事もなく、むしろ避けていた。 嫌いなわけじゃない。 本当は音楽が好きだ。 アマチュアバンドのとはいえ、生のライブに触れてしまった事で、封印してた感情の扉が少しだけ開いてしまった。 「…昔の話だけど… バンドやってた。」 そう告げると、蓮が驚きで大きな声を上げた。 「全然知らなかった。 言ってくれればいいのに~」 蓮は、大和の二の腕を数回叩いた。 「何を担当してたんですか?」 「ギターだよ。」 恭太の質問に大和は少しだけ眉を下げて答える。 「中学の同級生でバンドを組んだのがきっかけでね、どんどんハマっていって… 実はプロになるのが夢だったんだ。 でも…ダメだった。」 大和は苦笑いを浮かべる。 そんな大和の表情につられる様に、蓮や恭太達も自然と少しだけ悲しげな顔をしていた。 瑠羽を除いて。 彼女は視線はこちらに向けているものの、相変わらず、興味のないような表情で、飲み物を飲んでいた。 少しはそんな瑠羽が気にはなったが、1度開いてしまった口は、これまで溜めていた物を簡単に吐き出してしまう。 「結構、本気でプロを目指してたんだよ。 周りのメンバーも同じ思いだと思ってた。 けど、違ったんだよな~。 俺とメンバーの熱量に差が出来始めて、結局ダメになっちゃった。」 昔の話だよ そう言って大和は笑っていたが、語る最中の真剣な眼差しに、本当に夢に頑張っていたんだろうと察する事が出来た。 「どうして俳優になろうと思ったんですか?」 モモが静かに問う。 「スカウト。 バンドがダメになって、一時期腐ってたんだけど、地元でモデルのスカウトをされたんだ。 地元にいたくなかったのが大きくて、それを受けてそのまま上京したんだ。」 軽く笑いながら話をしていた大和に、それまで黙っていた瑠羽が、 「…1人でも続ければよかったのに。」 言葉を発した。 「音楽。 やりたかったんでしょ? 過去の話をしたくない位…地元にいたくないって思う位、好きだったんなら、1人でも、メンバー探すでも続ける方法はいくらでもあるじゃん。」 「おい…!瑠羽!」 瑠羽のそんな言葉に恭太は慌てた様子でたしなめようとしていたが、瑠羽はまるで気にも止めていない感じで真っ直ぐ大和を見ていた。 いつの間にか笑顔が引いてしまっていた大和も、瑠羽へ視線を返す。 「すいません!木下さん。 コイツ本当に失礼な奴で…!!」 恭太は瑠羽の頭を掴み、無理矢理下げさせようとしていたが、瑠羽は怪訝そうな顔をして、手を振り払った。 「いや、いいんだよ。」 大和は穏やかな笑みを見せた。 「確かに瑠羽ちゃんの言う通りだよ。 でも、音楽とは違う道に進む事になったけと、今では天職だと思ってるよ。」 瑠羽は大和から視線を外し、 「…ダセー奴…」 聞こえるか聞こえないか位の声量で囁いた。 それが聞こえた恭太達は慌てふためいていたが、大和は聞こえないふりをして穏やかな笑顔でい続けた。 それから、瑠羽と大和は会話を交わす事はなく、その場にいる誰もが大和の昔の話にそれ以上触れず、他愛のない会話を繰り返した後、食事会はお開きになった。 自宅に帰宅した大和は、大きく息を吐きながら、リビングに置かれたソファに腰を落とした。 「なんか…ごめんね?」 居酒屋の帰り、同じタクシーに乗り合わせた蓮が申し訳無さそうに眉を下げていた。 「瑠羽ちゃん、ハッキリとした性格でさ、言葉とか乱暴だし、敬語も使わない事が多いから、恭太とかいつも怒ってるんだけど…」 「気にしてないから大丈夫だよ。」 「そお…? でもさ、そんな所も好きなんだよね~。 瑠羽ちゃんはとにかく強くて格好いいんだ。 それに、誤解されやすい性格だけど、本当はすっごく優しいんだよ。」 蓮は大和に嫌な思いをさせたかもしれないと、気にはしながら、ニコニコと瑠羽への思いを語っていた。 その後も、大和がかつてバンドを組んでいた事への驚きなどを話していて、大和も会話を交わしたが、実際頭に入ってこなかった。 大和はもう一度大きく息を吐くと静かに目を閉じた。 我ながら 薄っぺらい演技だった バンドでデビューする夢を追っていた事 それが駄目になって腐っていた事 それを誰かに打ち明けた事なんてなかった。 当時の大和の様に夢を追う若者達に感化され、自身の中に封印していた過去が心を支配した。 瑠羽は何も間違った事は言っていない。 年下の女の子にあんな言われ方をして、腹は立っていたけども。 今にして思えば、新たにメンバーを探すなり、むしろ1人でも夢を追うことは出来た。 それをせずに、腐って 運良くされたスカウトに乗って、地元から逃げた。 正に『ダセー奴』だ。 皆といる時の自分の取ってつけた様な笑顔は、低レベルな演技だった。 皆に気を使わせてしまっていた。 でも、バンドが駄目になってしまったあの当時は、何の気力も湧かない程ショックだったし、それは今でも心のしこりとして残る程、大きな事だった。 「あ~…クソっ!」 大和は握り拳を作りソファに落とす。 彼は強い目付きで決断をした。
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