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大和は至って普通の家庭に産まれた。 父はサラリーマン 母は専業主婦 一人っ子の大和は平凡ながら、何に不満も抱く様な環境ではない幼少時代を過ごしていた。 それでも、心のどこかで何か大きな変化を期待する、多くの人の心にあるだろう、そんな想いを微かに抱いていた。 そんな大和に訪れた出会い。 中学生の時、テレビで見たロックバンド。 あまりの格好良さに衝撃を受けた。 大和が中学生の頃 世間はバンドブームだった。 そんなブームも背中を押し、大和は友人とバンドをやろうと盛り上がった。 バンドを結成しようと決めてから担当楽器を決める。 やっぱりギターかな 初めこそそんなノリで始まったが、気がつけばどっぷりと音楽にハマり、将来プロのミュージャンになりたい、そんな思いに行き着くまで、そう時間は掛からなかった。 何度もメンバーの入れ替わりをしながら、高校生になった大和は、こいつらとなら、と思える程の同志に出会い、バンドを本格化していく。 地元のライブハウスや小さなイベント 出れるものにはなんにだって出た。 やがて、少しづつファンが出来始める。 思えば、その頃から歪みは出来ていたのかもしれない。 だけど、その頃の大和はメンバーと向き合うというより、ある意味、強要に近い感覚を持っていた。 プロのミュージャンになろう ロック界に俺達の名を轟かせよう お前達だって 俺と同じ思いだろう? ファンが出来始めチヤホヤされる事に気を良くし、遊びに重きを置き始めたメンバー 高3になり、将来を不安視するメンバー 大和の熱についていけないと感じるメンバー 溝は確実に色濃くなっていた。 そんな中、大和の住む大阪府内でアマチュアを限定とした音楽イベントが開催される事になった。 参加希望者は各地で行われる予選を受け、選ばれた上位10組が参加出来るイベントは、テレビでの放送もされる大きな物だった。 そのイベントに出場出来れば、デビューへの道がぐっと開ける。 大和は一層の気合いが入り、下がった士気を上げるため、叱咤しながら練習に励んでいた。 そして、予選当日 大和達のバンドはメンバーの一部が連絡も無しに来ず、結局不参加となった。 その後、大和の怒声が飛んだのは言うまでもない。 だが、来なかったメンバーは悪びれる事も無く、 やりたければ1人でやれ そんな捨て台詞を残し、大和から離れて行った。 それから、大和は何にもやる気が持てず、就職活動もしないまま、高校を卒業した。 バンドが駄目になってしばらくして、冷静に考えてみれば、メンバー間の関係性は著しく悪化していた事に、自分自身が見て見ぬふりをしていた事に気がついた。 日々飛び交う怒声 纏まりのない音 向ける視線の違い 絶対にデビューするんだ 上手くいかせるんだ そんな気持ちばかりが先行し、他のメンバーの気持ちなんて考えていなかった。 気持ちが焦るあまり、メンバーを入れ替えてイチから始めるなんて選択肢は無かったし、逆になんで着いてきてくれないんだと、怒りさえ覚えていた。 もう夢を語るのはやめよう 上手く行かなかったら恥ずかしいだけだ もう心を熱くするのはやめよう それで誰も着いてきてくれないのは悲しすぎる 大和は1人で生活する資金もなく、実家暮らしのまま、フリーターでその日暮らしをしていた。 親に申し訳無い気持ちもあったが、何か他にやりたい事もなく、やる気も起きない。 こんな所から逃げ出したい ここにもう居たくない そんな時、モデルとしてスカウトをされた。 モデルになんて1ミリも興味はなかったが、ここから出て行けるならもうなんでもいい 大和はそんな思いだけでそれを受けた。 大和は地元のライブハウスの前に並ぶ防護柵に腰掛けたまま、昔の自分に思いを馳せていた。 上京して早7年 モデルでデビューしてからしばらくして舞い込んだ芝居の仕事。 来た仕事を事務所の意向のまま受けていた大和はとても志が高いとは言えず、こだわりもない。 そんな思いを見透かされてか、初めの頃は監督に相当追い詰められた。 中途半端な自分はこの世界にいるべきではない 心は折れかけていたが、それでも負けたくないと、多少自分に残る強い部分だけでくらいついた。 出来上がった作品は、今見れば素人そのもので気恥しさしかないが、当時の自分は感動して涙まで流す程だった。 良いも悪いも、世間の反応を肌で感じる事で、やり甲斐を見出した。 あの日、瑠羽に言ったように、今では天職だと思っている。 それでも、いつまでも心に残る若かりし頃の挫折。 忙しない日々を言い訳に触れる事を避けてきたその事に、向き合って消化しようと思った。 かといって、だから具体的に何をしたらいいのか分からない。 けれど、あの頃の事をこんなに思い返し、冷静に受け止められているのは初めてだ。 地元に足を踏み入れた事だけでも、一歩前進だと、大和は少しだけ心が軽くなる思いだった。 そういった面で、初めこそ腹は立ったが、きっかけをくれた瑠羽に、多少の感謝の念を抱いた。
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