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大和は静かに立ち上がり、その場から立ち去ろうとしていた。 その時 「…大和…?」 自身の名を呼ばれ、そちらに目線を向けた。 そこにいたのはスーツ姿の男性だった。 大和の名を呼んだものの、少しだけ気まづそうに苦笑いを浮かべていた。 「ひ、久しぶりやな。」 「あぁ。久しぶり。」 大和は笑顔を向けた。 なるべく心を無にして、浮かべるそれは、営業スマイル。 先程まで少し心が軽くなったつもりでいたのに、相当引きずっているだと実感し、多少の苦笑い混じりに大和は目線を合わせた。 今、大和の目の前にいるのは、かつてのバンドメンバー。 1番、大和と衝突したメンバーで、やりたいなら1人でやれと、離れて行った張本人だった。 最も会いたくなかった人物だ。 「こっち戻ってきてたんや」 「明日には帰るけど。 仕事?」 「近くの不動産屋で営業の仕事しとんねん。 今、外回り中や。 …テレビでよう見とるよ。 凄いなぁ、大和。」 「ありがとう。」 頑張ったんだよ、俺は。 頑張ったんだ。 色々な思いが体を駆け巡る。 大和はそれらを全て押し殺して、静かに答えた。 「じゃあ、行くよ。 仕事…頑張って。」 大和は彼に背を向けた。 彼は大和のいた場所の前にあるライブハウスを見つめた後、 「大和!」 大きな声で呼びかけた。 大和は歩みだした足を止める。 「…ほんまごめんな! あの時、ちゃんとお前に向き合わんで、ほんま酷い事したって…ずっと気にしとってん! ほんまごめんな!」 大和は背を向けたまま、静かに息を吐き振り返った。 「……ええよ。 俺も一方的過ぎやった。ごめんな。 もう終わったことや。 お互い、気にせんと行こうや。」 久しぶりに使った方言。 大和は上京してから、方言を使うのを止め、地元が大阪である事は隠してはいなかったが、地元の事も過去の事も多くを語る事はなかった。 最も会いたくなかった相手と会い、少ないとは言え言葉を交わした事 久しぶりに話した地元の言葉 大和は心がスっと軽くなるのを感じていた。 時刻は午後5時を回ろうとしていた。 あれから、再び思い出の地巡りをしていた大和は、いい加減疲れたなと、宿泊先のホテルに向かうべく駅に向かった。 ホテルは地元ではなく、新幹線の駅のある新大阪に取ってある。 次に来た時は実家でゆっくりしよう。 大和は久しぶりに帰省した我が子をとても嬉しそうに迎えてくれた母親の顔と、今日は会えなかった父親の顔を思い浮かべ、とても心が穏やかになるのを感じていた。 駅周辺に差し掛かると、あちらこちらで楽器の音や歌声が聞こえてくる。 ストリートミュージャンだ。 結構いるんだな、なんて思いながら通り過ぎていく。 駅と周辺の店を繋ぐペデストリアンデッキを歩いていた大和はふと足を止める。 アコースティックギターを弾き思いを吐き出す様に歌う女性に気を引かれた。 少し距離を取り、離れた場所から彼女の歌に聞き入った。 悲恋歌 彼女が歌っている曲は正にそれだった。 『どこに行ってしまったの? 私はいつでもアナタを想い 待っているのに 幸せなんて願ってくれなくていい アナタ無しに私の幸せはなし得ないもの 早く 迎えに来て』 キャップを深めに被り、更にその上からフードを被っているため、表情は分からないが、切なく響くギターの音色と、悲痛な叫びにも似た歌声に、聞いているこちらまで悲しくなる思いがした。 彼女はそんな悲しい歌を数曲歌い上げた。 足を止め聞いてくれていた人達に小さくお辞儀をし、しばらくして片付けを始めた彼女に、大和はそっと近寄った。 「こんばんは。 …随分と悲しい歌を歌ってるね… 瑠羽ちゃん。」 地面に膝をつき片付けをする彼女と同じ目線になる様にしゃがみ込み、大和はそう声をかけた。 彼女は静かに目線を大和に向ける。 大和は被っている自身の帽子を軽く上にあげ、顔を見せる。 「木下さん…」 彼女は小さく呟いた。
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