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「よく分かったね。」 瑠羽は帽子を少しだけ上げ、大和に顔を見せた。 「まぁ、1回ステージで見てるからね。 弾き方とか雰囲気とかで何となく分かるよ。」 「へぇ。さすがギタリストじゃん。」 瑠羽は少しだけ意地悪げにフッと笑いながら、それでも片付けをする手を止める事なく続けていた。 相変わらず 愛想悪いなぁ 大和は彼女の相変わらずさに少しため息を漏らしたが、 無視されてないだけマシか と、思い直した。 「こんな所で何してるの? なんでわざわざこんな所でストリートミュージシャンなんてやってるん?」 「別に関係ないじゃん。 自分こそ、何してるの?こんな所で。」 「じゃあ、俺だって、そんなの関係ないだろ。」 大和は何も答えない瑠羽を真似て答える。 「じゃあ、これで会話終了だ。」 瑠羽は、そう言い、アコースティックギターのケースを開け、ギターをしまった。 大和は、しゃがみ込んだ体制のまま、そんな瑠羽を眺めていた。 瑠羽は東京よりの埼玉県に住んでいる。 元々の出身もそうで、それは他のメンバーも同様だった。 なんでわざわざこんな遠い地に…? ギタリストの彼女が歌を歌っていた事 そもそも、あの歌の内容は、瑠羽のイメージとはかけ離れている。 疑問は湧き上がるが、まともに答えようとしない瑠羽との会話はまるで成り立たず、ため息混じりに瑠羽を見つめるだけだった。 大和は彼女のギターケースの内部に写真が飾られている事に気がついた。 笑顔全開の瑠羽とその隣に寄り添うように写る、金髪の男性。 恋人同士なんだろうと容易に想定出来る、2人の笑顔。 こんな風に笑うんだ まだ見た事の無い瑠羽の笑顔に、大和は感心にも似た感情で写真を見つめていた。 この瑠羽をあんな笑顔にさせる男は、よっぽど何かに突出した奴なんだろうな 大和は写真に写る男性をぼんやり眺めていた。 やがて、ギターを片付けた瑠羽が、ケースを閉めた。 その時 「あ~!! ちょっと待って!」 大和は突然大声を出し、瑠羽のギターケースに触れた。 「ちょっと、もう1回写真見せて!」 大和は、ギターケースを指でトントンと叩きながら、そう言った。 突然の事に、意味の分からない瑠羽は、少し怪訝な表情で大和を見ていたが、再度、お願い!と手を合わせられ、渋々ギターケースを開けた。 「この人…ウタさんじゃない?」 大和はギターケースの内側に貼られた写真の瑠羽の隣に写っている男性を指さしながら言った。 「……ウタの事……知ってるの?」 瑠羽は目を見開き、体勢は前のめりになっていた。 「詳しい訳じゃないけど、知ってる。 何回か一緒にライブハウスに立った事があるよ。」 「一緒にライブハウスに…」 瑠羽は、これまでの愛想の悪さなど感じさせないくらい、目を輝かせ笑顔を浮かべていた。 「都内のライブハウス?」 「いや。こっちの。俺、ここが地元だから。」 「へぇ!そうなんだ! ウタと地元一緒なんだ!」 余程、ウタの存在を知っている人に出会えた事が嬉しかったのか、瑠羽は、ニコニコと笑顔を浮かべていた。 大和も、瑠羽の関心がようやく寄せられた事に、心の中に気持ちよさを感じていた。 「ウタさんは今どうしてるの?」 その質問と共に瑠羽から笑顔が消えた。 聞いては行けない質問だったのか 彼女の歌っていた歌が、ウタに向けられた物であるならば、それをわざわざ彼の地元で歌っていた事を考えたら、現在も仲睦まじい関係ではないのかもしれない。 しかし、現実は更に酷なものであった。 「ウタは… …死んだよ。」 突然の告白に大和が絶句していると、 「2年くらい前、交通事故でね。」 眉を下げ、悲しそうに微笑みながら瑠羽は言った。 生前のウタと間柄を語れる程、親しかった訳では無い。 ミュージシャンの夢を持ち、早くに上京していたウタは、東京を拠点としながら、大阪と行ったり来たりしながら、こちらのライブハウスにも自発的に立っていた。 その時に何度か会話を交わした。 ウタは真っ直ぐで優しいいい人だった。 ソロミュージシャンとしてのデビューを目指していたウタは、アコースティックギターを持ち、歌を歌っていたが、歌声も真っ直ぐで気持ちをダイレクトに伝えてくる人だと感じていた。 いつからか、大阪に来なくなり、最近どうしてるんだろうと思ったりもしたが、いつしか記憶から薄れていっていた。 まさか亡くなっていたなんて 「明日ウタの命日なんだ。」 瑠羽は開いていたギターケースを静かに閉じ囁くように言った。 「ウタさんと…付き合ってたの?」 その問いに、瑠羽はそっと顔を上げしばらく大和を見つめた後、 「うん。」 悲しげに微笑んだ。
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