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大和はホテルに戻り、服もそのままベッドに倒れる様に寝転がった。 地元に7年振りに帰省し、少し心も軽くなった満足感よりも、今は瑠羽の事が心に大きく残っていた。 瑠羽と初めて会ったあの日以来 再びライブに行く事も無く、もう会う事も無いかもしれないと漠然と感じていた。 蓮もあの1回きり、誘ってくる事も無かったし、彼自身がライブに足を運んでいるのかさえ分からない。 瑠羽に対して残り続けた印象の悪さ それが少しだけ薄まった感覚だった。 瑠羽が歌っていた悲恋歌は、単に、相手を想う切ない感情と言うよりも、もっと深い― 貴方以外では駄目なんだという強い願いに似ていて、それだけの想いを抱えた彼女を、悲しげに微笑む姿に、不謹慎ながら、儚さにも似た美しさを感じていた。 明日 瑠羽はウタの墓参りに行く。 大和はそれに同行させて欲しいと願い出た。 正直、かなり迷惑そうにしていた彼女だったが、 「邪魔しないならいいよ。」 と、最終的に折れた形となった。 翌日 ウタの眠る墓のある寺院前 大和と瑠羽はそこで落ち合った。 互いにキャップを目深く被り、 まるで芸能人の密会だな 大和はふと思った。 自身は正に芸能人だから、帽子を被る事位はする。 何故か、瑠羽は顔を隠したがっている雰囲気を感じ不思議に思った。 特に会話もないまま、大和は瑠羽の後ろを着いて歩いた。 やがて 『早坂家』 と、彫られた墓石の前に着くと、瑠羽は 「ウタと同じライブハウスに出てた人を連れてきたよ。」 と、語りかけた。 「ウタさん…覚えてますか? 木下大和です。」 大和は墓石の前で頭を下げた。 それから2人は墓前に水をあげ、花を備えた。 その間、瑠羽は小さく鼻歌を歌っていた。 聞き覚えのある気はしたが、何の曲か思い出せない。 とても優しい旋律の歌だった。 それに加え、瑠羽の優しい、愛おしむ表情が印象に強く残った。 やがて一通りの手入れを終えると、瑠羽は帽子を取り墓前にしゃがみ込んだ。 「適当に帰ってね。」 瑠羽は大和にそう言うと、墓前に向き手を合わせ目を閉じた。 大和も同様に手を合わせる。 (ウタさん お久しぶりです。 亡くなったと聞いて驚きました。 瑠羽ちゃんの事…見守ってあげて下さい) 暫く手を合わせた後、そっと閉じていた目を開けた。 瑠羽を見ると、彼女はもう既に目を開けていて、優しい眼差しで墓を見つめていた。 そんな横顔を眺める大和の視線なんて、まるで気にも留まらない程、そこはもう別世界だった。 他者の干渉など入る余地もない、瑠羽の世界 ウタと語らっているのだろうか かつてのウタを想っているのだろうか どちらにせよ そこには確かな愛があって 『邪魔しないでね』 そう言っていたけれど、 そもそもそんな邪推な事が出来る雰囲気ですら無かった。 大和はその場を静かに後にした。 この寺院はとても自然に溢れた広大な土地を持つ大きなところであった。 墓石が並ぶ場所から少し離れると、歴史深そうな大きな御神木があり、その近くにベンチが置かれていた。 何故だか帰る気にならなかった大和は、そのベンチに腰掛けた。 そこからは、ウタの眠る墓が見え、相変わらずしゃがんでいる瑠羽の頭部が少し見えていた。 穏やかな風の吹いている 気持ちの良い天気 忙しない毎日の中での久しぶりの連休は、有意義だったと言うには、少し違う気がしていたが、過去に向き合えた事は、身のある時間を過ごせたと言える。 そして、久しぶりに再開した印象の悪かった彼女との、共に過ごしたほんの僅かな時間は、印象を変えるのには充分な出来事だった。 それに加え、穏やかに吹く風と、それに鳴らされる木々や葉の音。 何をするでもなく、その場に佇む大和は、日常とはまるで違う、不思議な空間に紛れ込んだ住人かの様な感覚だった。 蓮は知っているのだろうか 彼女のこんな姿を ウタの事を 大和は苦笑いを浮かべて、そんな思いを消す様に頭を振った。 知っていたから何なんだ 知らなかったから何なんだ 彼は彼なりに瑠羽を思っている 後は、互いを尊重する気持ちと受け入れられる器があればいい。 大和自身、現在は恋人も居なく、あまり心を開けなかった大和は長く付き合う事もなく別れてしまう事が多かった。 大和は再び苦笑いを浮かべる。 人の恋愛に立ち入れる程、出来た人間じゃない。 でも、変われるかもしれない。 根拠の無い自信が心の奥底に芽生えた気がした。
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