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 桜の蕾も徐々に膨らみ花咲こうとする、三月。ようやく社会人二年目を迎えた柚原万優はこの朝、久しぶりに恋人の大河空の隣で目を覚ました。  空は大手航空会社JA社の副操縦士、万優は小規模航空会社Y社の副操縦士。どちらも半年そこそこのひよっこパイロットである。  ただ、それよりずっと長いのが、空と万優の関係で、出会いは二年半も前に遡る。国内唯一のパイロット専門大学の寮で同室になった二人は、日々起こる様々なエピソードを飛び越えながら少しずつ歩み寄って、互いをこの世で最も必要な存在と思うようになった。  一年前からは同じ部屋に住み、まるで新婚のような生活を送っている。  こうして眠る恋人の横顔を見ていられるのが、今の万優の一番の幸せだった。 「起きてたのか? 万優」  瞼を開いた空が万優の顔を確認して微笑む。 「さっきね。空の寝顔見てた」 「寝顔も男前だっただろ?」 「寝顔も自信過剰だったよ」  答えると、空の腕が万優をぎゅっと引き寄せる。きつく胸に押し付けられて万優が手足をばたつかせた。 「苦しいよ、空!」 「もっと苦しくしてやってもいいんだぜ?」  空がそっと万優を離して、その顔を寄せる。甘い舌の絡むキスに、万優は腰から蕩けそうになってしまう。 「ん……」 「――起きる前に、もう一度しようか」  火のついた昂りは、互いの熱でしか鎮める事はできない。休日の朝の気だるい空気に誘われて、二人は互いの肌に手を伸ばした。  甘い休日が過ぎれば、怒涛のウィークデイが待っている。万優が勤めるY社は今年から国内便しか飛ばしていないのでそのスケジュールは目まぐるしいものである。少ない機体数で多くの便を飛ばすことで安いチケットでも採算がとれる仕組みになっている。そのちょっと無理した部分のしわ寄せは、確実に現場のパイロットやCAに廻ってくるのだ。 「お疲れ様です。客室異常ありません」  パーサーがコックピットを訪れ、それを告げる。機長は軽い挨拶をしてから整備士へそれを告げると入れ替わるように席を離れる。 「柚原、すぐブリーフィングだぞ。急げ」 「あ、はい!」  整備士や清掃員が再び機体を飛ばせる状態にするまで、約一時間から二時間。その間にクルーは次の便の打ち合わせということになる。  機長に遅れないようにコックピットを出て、空港内へと入る。  次が今日の最終便となる。外は既にとっぷりと日が落ちていた。  順調にいけば後五時間で仕事は上がるだろう。この日の万優にはその後の予定が控えていた。  今日は、大事な記念日なのだ。 「なんかムカつくわ、その顔」  ブリーフィングが終わり、僅かな休憩時間に職員用の休憩室から機体整備を眺めていた万優にそんな声が掛かる。 「深春さん……」 「幸せですーって顔。今日、何かあるの?」  窓辺へと立つ万優の隣に来てため息を吐くのは、空の従妹の豊野深春。以前、空に恋をしていた人物である。いわば、万優のライバルだ。 「今日は同居一周年だから」 「うわー、やだやだ! 幸せオーラ出しすぎ。少し分けなさいよ」 「分け……って、虎珀さんは?」 「アイツ、国際線乗ってんの、今。今頃ロスだってさ」  なんだかんだで、元に戻った深春と虎珀は、万優たちに負けず劣らず甘いはずなのだが、こうもつっかかるのはそれが原因らしい。 「やっぱり、寂しい?」  昨日の敵は今日の友、二人は以前よりもぐっと仲を深めていた。社内で噂が立つほどだったが、本人たちがあまりに気にしないのでそれもいつの間にか消えていた。 「寂しくないわよ。羨ましいだけ。国内線ってホントにめちゃくちゃ忙しいんだから!」 「それ、何度も聞いた」  万優が苦笑する。深春が言うのも尤もな話で、国際線はクルーズしている時間が長いので、仕事もゆっくりと行える。けれど、国内線はせいぜい二時間のフライトである。その間に同じサービスを提供しなくてはならないのだから、自然とピッチもあがる。 「で、いつ戻るの? 虎珀さん」 「明日の午後。で、三日間休みだって。私はその間日本を飛び回るのよ」  国際線だと、現地に居る間は出張扱いになるので、その分の休暇が与えられる。Y社の場合、国内線だけになったため、ルーティンで休日を取ることになり、連休というのはなかなか望めない。特にCAや万優たちコーパイは、だ。 「俺も」  二人は同時にため息を吐いた。窓から見える機体から、次々に作業車が離れていく。 「そろそろね」 「行きますか」  顔を見合わせた二人は、互いに鞄を持ち上げ、次の仕事へと向った。
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