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 空港で待ち合わせるのは久しぶりのことだった。深春に散々冷やかされてから、万優は待ち合わせ場所の中央ラウンジのソファに腰掛けた。  既に土産物屋も閉まり、大型ビジョンから流れるニュースだけが響いている。それでも人影はまだあるようだ。  もう何便か降りてくるはずである。それを待つ人たちなのかもしれない。  万優はオフィスで制服から私服へと着替えていた。カーゴパンツにパーカを合わせたシンプルなスタイル。記念日だからとスーツを着込むような性格ではない。  ニュース画面を見上げながら空を待っていると、ポケットから着信音が響いた。 「もしもし」 『悪い、万優。今降りたところなんだ。なるべく早く行くから』 「うん。急がなくていいよ」  空からのコールに万優はそう伝えてから電話を切った。今日は南の方で風が強かったはずだ。それで少し遅れたのだろう。そのくらいは万優にも予想できていた。  スマホを仕舞って浅く息を吐く。人影は先ほどより随分少なくなっていた。 「もう今日は飛行機飛びませんよ」  突然背後からそう声を掛けられて万優は驚いて振り返る。  帽子に月桂樹の刺繍、袖には四本の金線の入った制服。どこかの機長であることはすぐにわかる。 「いえ、俺……僕は人を待っているので」 「そうか。それは失礼しました。こんな時間に彼女でも待っているのかな?」  その言葉に、万優はまただ、とため息を吐きたくなる。なぜか私服姿――しかもラフなもの――になると、随分年下に間違われるのだ。最悪高校生と思われたこともある。 「機長、僕はこう見えて副操縦士です。お気遣いには感謝しますが、門限があるような歳ではないので」  万優が答えると、案の定驚いた顔をする。そして、笑顔を作り直して口を開いた。 「それは申し訳ない。私はJAの奥田だ」 「僕はY社のコーパイで柚原といいます」  奥田が右手を差し出したので万優も立ち上がりその手を取る。 「最近、空港に入り込んで夜を明かす奴も居るんでね。この時間に手持ち無沙汰にしている人には一応声を掛けることにしているんだよ」 「僕は家出しているわけではないので、ご心配なく」  万優が笑って返すと、奥田が更に申し訳ないと笑った。 「万優」  そこへ、私服に着替えた空が走りこんできた。万優が手を振り微笑む。 「空、おかえり」 「ただいま――奥田キャプテン?」  万優の笑顔に答えてから、一緒にいる人物の姿に空が驚いて立ち止まった。 「大河くん。……柚原くんの待ち人は君だったのか」 「はい。あ、同じJAですもんね。知り合いだったんだ? 空」 「あ、ああ……何度か一緒に飛ばせてもらってる」 「それじゃあ、邪魔みたいなので、私はこれで。大河くん、また一緒できればいいな」 「はい」  奥田は二人に笑顔で挨拶してから背を向けて歩き出した。  アレがまひろちゃんね……と小さく囁いた奥田の声は、誰の耳にも届かなかった。  ジーンズに黒のシャツ、それに薄手のジャケットを合わせたスタイルの空が、愛車のステアリングを握る。これが恋人でなければムカつくくらい様になっていてため息と共に車を降りたい気分になるのだろうが、いざ自分のものだと思うと、全身の力が抜けてしまうほどの優越感に浸ってしまう。  万優が、恋人ビジョンで魅力三割り増しの空を眺めていると、その画の中の人物が口を開いた。 「奥田キャプテンと、知り合いなのか?」 「え? ううん、たまたま声を掛けられただけ」 「……空港なんかでナンパされんなよ」 「違うよ。奥田機長は俺が家出少年じゃないかと思って声かけただけだよ」 「どうだかな」  空は呟いてため息を吐く。万優はムッとして反論した。 「空は少し警戒しすぎ。俺だってもう二十六になんの。立派な男だし大人なんだから、ちょっとやそっとのことで、どうこうなったりしないよ」 「――お前にもう少し自意識と警戒心があれば、俺だってこんなこと言わない」  あからさまにため息を吐かれて、万優の反抗心が顔を出す。 「そのくらい持ち合わせてるよ! だから、もう言わなくていい」 「……わかったよ。何も今日ケンカすることないな」  声を荒げた万優に対し、空は穏やかに返す。その大人ぶった態度が実は気に入らない万優だったが、ここは空の言うとおりなので、この話はここで止めることにした。  けれど、言葉少なに摂る食事はいくらも喉を通らず味もよく覚えていないという、なんだかぱっとしない記念日になってしまった。  勿論、その日はそれぞれの部屋で一人で眠ったのは言うまでも無い。
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