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空とのギクシャクした関係も、少しずつ修復してきた朝、二人は揃って部屋を出た。珍しく二人の出勤時間が重なったのだ。
「万優、時計忘れてる」
玄関に向っていた万優に空が追いつく。手には空と揃いで買ったパイロットウォッチがある。フェイスが黒なのが空でシルバーが万優のものだ。文字盤裏には、互いの名前が刻まれていた。
この時計は言ってみれば、マリッジの代わりなのだ。
「ごめん、ありがと」
空に腕を取られて、時計を嵌めてもらう。空の卒業の時に、一緒に買い、指輪の交換のように互いにその手首へ嵌めたのを思い出して、なんだか気恥ずかしくなる。
「さて、行くか」
空は、時計にキスを落としてから万優にも唇を寄せる。万優はそれを受け入れながら頷いた。
そんな穏やかな風景で始まった朝は、出社した途端に一変した。
「柚原、待ってたぞ!」
オフィスでは何やらスケジュール調整の真っ最中だった。腕を引っ張られ、何事かと聞くと先輩の副操縦士はスケジュール表を囲む機長たちの元へと万優を連れて行った。
「柚原、今日お前午後イチの便で上りだったな?」
「はい……」
「最終便まで乗ってくれ。いいな?」
その言葉に断る猶予などない。万優は頷いた。
「これでコーパイの方はいいな。後は機長か……」
「あの、どうかしたんですか?」
「食中毒だ」
「食中毒?」
聞き返す万優に先輩は頷いた。機長とコーパイ二人で呑んだ店で食中毒が起き、どうやら二人ともしばらくは復帰できないとの事らしい。しばらく俺たち休みねぇよ、と小声で言われため息が零れる。
「どっかから借りるわけにもいかないし、欠便だすしかないか」
「……借りる? ダメ元で連絡してみるか、あの人に」
「それでダメなら、欠航しましょう」
先輩たちの話をただ聞いていただけの万優には状況は分からなかったけれど、結論は万優の知らない『あの人』しだい、ということになった様で、今日万優はその機長と一日を共にするかもしれないということだった。
Y社は元々、JA社のフェアリンクという形で発足した会社である。経営が立ち行かなくなった時は、JAが吸収するのだ。それゆえ、発足当時はJA社から出向として、何人かの機長がY社の飛行機を飛ばしていた。『あの人』とはそんな中の一人らしい。
午前八時を過ぎ、この日万優が最初に乗る便のブリーフィングの時間が近づいてきた。
運航管理室へ向うとそこにはディスパッチャーともう一人、制服姿があった。どうやら、今日も欠便を出さずに済む様だ、と胸を撫で下ろす。そうしてから初めて一緒に仕事をする相手に少し緊張しながら近づいた。
「ああ、来たね。柚原くん」
先に気づいたのはディスパッチャーの方だった。そしてすぐに機長も振り返る。
「おや、君は……」
「奥田キャプテン?」
「覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」
あの日、空とのケンカの原因になった人である。万優はその再会に少し戸惑いながらも、今日一日のことだし、と割り切ることにした。
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