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 スポットに入った飛行機のコックピットへと奥田と共に乗り込んだ万優は座席周りの備品を点検した上で右側の席へと落ち着いた。奥田は機体点検のため、外へ出ている。その間に万優はチェックリストを取り出し待機する。  奥田が機体と客室のチェックを済ませて戻ってきたところで、リスト通りに二人でコックピット内をチェックする。その横顔は真摯で厳しく、この仕事に誇りを持っているのが窺えた。本当に極たまにではあるが、他の機長はとても面倒そうにしていることがある。 どうしてコーパイじゃダメなんだろうな、と答えの出切っている質問を投げられたこともある。「自分の責任で飛ばす飛行機くらい自分で点検できなくてどうするんだ」と心では思ったが、言葉にするほど子どもではない。  比べ、奥田には少し好感が持てた。  離陸準備が整い、指示された滑走路へと向う。それが近づいてきたところで、万優は無線に声を乗せた。 「――Tower,Y023,Ready for take off」  管制塔へと準備が整ったことを伝えると、管制官から指示が返る。 「Y023,wind120at10,cleared for take off」  風は120度から10ノットであることを伝えられ、離陸が許可された。  奥田が万優をちらりと窺う。気づいた万優は、頷きを返す。  二人の手がスラストレバーに掛かり、エンジンが唸りを上げ始めた。コックピット、そして客室も緊張する瞬間が訪れる。  万優はディスプレイの速度が上昇していくのを見詰める。速度のコールで機長は操縦桿を手前に引き、機体を浮上させる。この時も、奥田は万優のコールに従って機体を浮上させた。  万優が安全離陸速度をコールすると、奥田はディスプレイを確認しギアアップの指示を万優に出す。それを受け、今まで滑走路を蹴っていた脚を収納する。機体はその間も上昇を続け、指定された高度に上がると水平飛行となる。コックピットの空気が少し緩む瞬間である。 「私ら、なかなかいいコンビだと思わないか? 柚原」 「キャプテンの指示が的確だからだと思いますよ」  万優が笑うと奥田は、そんな風に褒められたのは初めてだ、と笑った。 「失礼します」  和やかに談笑していると、CAがコックピットのドアを開けた。  制服姿の深春だ。最近は、一緒になることが増えこの姿も見慣れてきた。 「奥田キャプテン、お飲み物は?」 「コーヒーを頼むよ。ミルクだけ付けて」 「はい」  深春はそれを聞いて、コックピットを出ようとした。そこで、奥田に呼び止められる。 「柚原には聞かないのか?」 「はい、わかってますから」  深春は答えて万優を見やる。奥田もこちらを見ていることに気づき、万優は慌てて口を開いた。 「彼女とはよく仕事が重なるので」 「少々お待ちくださいね。コーヒーとミルクティー、お持ちしますから」  深春は口の端を上げるだけの笑みを残してコックピットを去って行った。 「柚原の彼女か?」 「絶対そう言うと思ってました! でも違います。僕の先輩の彼女です。職場が同じだし、よく会うだけです」 「そうか。まあ……そうだよな」 「え、何がですか?」 「いや、こっちの話だ。ところで大河とはどういう友人なんだ? 私から見たら、二人は友人になりそうもない感じがしてね」  晴れた空を見詰めながら奥田が問う。万優はその横顔に質問の意図を掴もうとするが、結局わからなかった。 「専門大学の時に、寮の部屋が一緒になって……共通の話題には事欠かないですから、なんとなく」 「パイロットなんて職業選ぶのは、皆飛行機が好きだからな。なるほど」  奥田が納得したように頷くと、再びコックピットのドアが開き深春が飲み物を持って入ってきた。 「お待たせしました」  奥田にカップを渡してから、深春は万優に向き直った。 「この間より顔色良くなったじゃない」  言うと、万優にカップを渡しながら耳元で囁く。  ――仲直りしたの? と。 「おかげさまで。今は驚くほど順調だよ」 「そう、それは何より」  深春は笑って答えてからコックピットを後にした。  やはり、彼女には見抜かれてしまうらしい。強い味方になったと同時になんだか見透かされているようで、時々気恥ずかしくなる。  自分はそんなに見抜きやすいのだろうかと、本気で考えることもしばしばである。 「なんだ、体調でも崩してたのか?」 「え、あ、少し前に……」 「だったら、今日食事にでも誘おうと思ってたんだが止めた方がいいかな?」 「いえ! 今はホントに平気ですから、よければ僕からもお誘いしたいんですが」  その言葉に他意はない。ただ純粋に奥田と話がしたかったのだ。たった一度離陸を見せて貰っただけだが、的確な指示と緩やかで無駄のない操作に隣で感動したのだ。  多分今、客室でいつ飛んだのか解ったか聞いたら半数はわからないと答えるだろう。確かに、大きな機体だから、というのもあるだろう。けれどそれを差し引いても、その操縦技術は尊敬に値する。 「それは光栄だな。じゃあ、最終便は少し早く着くようにしよう」  悪戯な目で笑う奥田に、万優は、いいんですか? と聞き返しながらも笑顔になる。  空には申し訳ないが、今日は自分の勉強のために時間を割こう、と心に決めた万優だった。
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