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 部屋へと戻ってきたのは深夜一時少し手前だった。リビングの明かりは落ちていて、空の部屋のドアの隙間から光が零れていた。  それを見てから今日は空に何の連絡もしていないことに気づいた。これは絶対に怒っているし、怒られて当然かもしれない。慌ててポケットのスマホを見たが、着信はひとつもなかった。首を傾げながらもとりあえず空の部屋のドアをノックする。 「ごめん……遅くなった」 「ホントに」  ベッドへと足を投げ出して座り、文庫本を開いていた空がため息混じりに返す。 「仕事か?」  閉じた文庫本を傍らに置いて、空は手招きをする。近くで説教されるんだ、と勝手に思った万優は緊張しながら近づいた。 「違う。奥田機長と食事してた」 「奥田キャプテンと?」  ベッドの端に腰を降ろした万優に空が怪訝な顔を向ける。 「うん。奥田機長と話がしたくて」  万優は、今日奥田と一日共に乗務したこと、その技術と考えに尊敬したことを話した。 「確かに奥田キャプテンは優秀なパイロットだと思う。学ぶことも多いけど……」 「わかってる。俺もちゃんと考えて行動してるから。現に今だってちゃんと無事に空の前に居るだろ?」  微笑んで空を見ると、苦笑した顔が頷いた。 「あんまり、心配させるなよ」  ふわりと空の腕が伸びて万優の体を包み込む。暖かいその感覚に万優は安堵に満たされて頷いた。  互いにぶつかった分丸くなったのだろう。少し前ならケンカになっていたような状況なのに、今はこうして抱き合えている。  その事実が嬉しくて、万優はゆっくりと目を閉じた。  一定のリズムを刻む空の鼓動が心地良い。 「ここで眠るつもりか?」  くすくすと小さな笑い声が落ちてくる。 「眠っちゃいたいけどシャワー浴びなきゃ」 「俺も朝早いから、そろそろ休むよ」 「うん。じゃあおやすみ」  いつものキスをしてから万優が部屋を出る。一人になった空は大きくため息をついた。 「よく耐えた、俺……」  確かに奥田は尊敬に値する機長だ。けれど、だからといって今日初めて一緒に乗務したような男に食事に誘われてほいほいと付いていく、万優のその危うさが怖い。  何かあってからでは遅い。けれど、この部屋に繋いでおけるようなやつではないのは分かっているから、万優の好きなようにさせて、居心地のいい場所であり続けたい。  そう思うのだけれど。  その心に決めたひとつの信念を守るのは、とても大変なことなんだと空は痛感したのだった。
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