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駿河秋人は、鉛のように重たい体をうめきながらベットから起こした。
ぼんやりと辺りを見わすと、薄く開いたカーテンから陽の光が見えた。
「もう朝か」
と呟いた。
窓を開けると、初夏のすがすがしい風が部屋に入ってきた。
気持ちの良い朝だ。これから本格的な夏が始まる。
この頭痛は、いつから始まったのだろうと秋人は思った。
高校2年の春、横断歩道を歩行中に車にひかれ、右脚を骨折した頃からか。
あの交通事故によってサッカー部の練習にも出ることができなくなってから、
周りの対応が冷たくなってきたような気がする。
今は脚の痛みはなくなったが、毎日頭痛に悩まされている。
身支度をすませ、階下に降りていくと母が食卓に座っていた。
僕の足音に一瞬びっくりしたように後ろを振り返ったが、
また僕に背を向けてしまった。
秋人には兄弟がなく一人っ子である。
弟がいたらお兄ちゃんと呼んでもらえたのだろうか。
もう仕事に出かけたのか、父の姿は見えなかった。
父は朝早く出勤し、夜は午前様のことが多い。
朝早くからご苦労なこったと心の中で悪態をついて、僕も玄関を出た。
学校に着くと、同じサッカー部でクラスメイトである村上と下駄箱で会った。
「おはよう」
「・・・」
声をかけたが、村上は振り返りもせず行ってしまった。
秋人は、大きくため息をつくと村上の後を追った。
教室に入ると、3分の2ほどのクラスメイトが来ており、
昨夜のテレビ番組の話が聴こえてきた。
僕は、廊下から2列目の一番後ろの自分の席に座ると、なにげなく窓に目をやった。
すると、窓際に座り読書をしていた山上まみとふと目があった。
彼女は僕と目が合うと、目を泳がせた後、読んでいた本に目を移した。
僕と目が合うことさえ嫌なのかと思うと、腹がたってきた。
山上は肩まで伸びたストレートヘア。いつも本を読んでいる。
やまがみまみって早口言葉みたいな変な名前だな、そんな印象しかなかったが、今は嫌いになりそうだ。
なぜ何もかもうまくいかないのか。
体調も大好きなサッカーもできず、自暴自棄になりそうだった。
しかし、こんなぱっとしない秋人の毎日の中にひとつだけ楽しみがあった。
校内でも人気のある汐田桜子だ。
彼女は、勉強もできるがそれを鼻にかけることもなく、スポーツも万能。
そして、どの子にも優しい。
男子にも女子にも平等に接するので人気は高く、
そんな彼女に恋心を抱く男子生徒は多い。
僕もその中の一人という訳である。
今日も彼女を一目見れてよかったと思った。
まもなく一限目の開始のチャイムが鳴り、担当教諭が教室に入ってきた。
プリントが配られたが、一番後ろの席にいる秋人の分まではなかった。
そんなことは日常的に起こっていたので、先生や前の席の奴に
文句を言うのも面倒になっていた。
半日をぼんやりと過ごすと昼休みになった。
あぁ今日も一日面倒くさいな。
しかし、食欲もなく教室にいる理由もないので屋上にやってきた。
屋上の手すりに肘をかけ、ぼんやりと青い空を見ていた。
「駿河くん」
呼ばれたので、おそるおそる振り返ると山上真美が立っていた。
「なんか用?」
誰かに話しかけられてうれしかったが、秋人はそっけなく答えた。
「あ…あのね」
「だから何だよ」
秋人は煮え切らないまみの態度にいらいらしていた。
「あのね…駿河くんは事故にあった時のことを覚えてる?」
「何かと思えばそんなことか。よくは覚えてないんだ。
思い出そうとすると頭がいたくなるし。
それが、一体なんだよ。」
まみは足元を見ていたが、口元に力をいれると何かを決意したように
顔をあげるとこう言った。
「駿河君、落ち着いて聞いてね。
今から話すことは信じられないかもしれないけど、ちゃんと聞いてほしいの。」
そしてまみは、秋人の目をしっかりと見て話し始めた。
「駿河くんは横断歩道を渡っていてトラックに巻き込まれて事故にあったの。
」
「ああそうだよ。」
秋人は当たり前のことを言い出したまみを不思議そうに見つめていた。
「そこで…そこでね…駿河くんは亡くなったの。
トラックに轢かれて即死だったそうよ。」
そう言うと、まみは顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「はあ?」
訳が分からない秋人は泣いているまみをぼんやりと眺めていた。
「俺が死んでるの?何言ってんの、お前。そんな話は冗談にならないだろ。」
そう言いながら、秋人はこの一か月ほどのことを思い返していた。
確かに誰にも声をかけてもらえなくなったし、
みんなの視界から消えてしまったような感覚は感じていた。
けど、自分が死んでいるなどと思ったこともなかった。
「俺が死んでるなんて嘘だろ。お前とも話してるじゃないか。」
と言っている間に事故当時の記憶が蘇ってきた。
横断歩道を歩いていた僕に右折してきたトラックが突っ込んできた。
そして、僕の体は二回転し道路に強く打ち付けられた。
その時の映像と痛みを感じ、僕は頭が重くなってきていた。
事故後も学校へ通い、机の上に置いてくれている花瓶の花をぼんやり見つめていた。毎日毎日。
まみは
「私、少し不思議な力があって駿河くんみたいな人が見えるの。
街中で死んだことに気づいてない人やまだあの世にいきたくない人たちがたくさん歩いている。
この世に未練がある人、残した人が心配でどこにも行けずに立ち尽くしている人もいる。
いつもならそっとしておくから駿河くんのこともそっとしておこうと思ったんだけど…。」
秋人の目から涙がこぼれた。
「僕、死んでたんだね。教えてくれてありがとう。」
一筋二筋の涙が流れると同時に秋人の体の周りに黄金色の粒がまとわりついてきた。
その粒で体が埋め尽くされそうになってくると、徐々に体が透けてきた。
秋人は暖かい空気に包まれ、心地よく感じとても安心していた。
「ようやく上に上がれるんだね。
山上ありがとな。」
そう言い残すと秋人の体はなくなった。
駿河くんよかったね、さようならとまみは心の中で呟いた。
初夏の優しい風がまみのそばをすり抜けていった。
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