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 『記憶喪失』  それが僕につけられた病名だった。  名前も、年も、大学生らしいということも、持たされた手鏡に映る顔も。「これが自分だ」と教えてもらったすべてが未知のものに思えるのに。  自分のことは何も覚えていなくても、どういうわけか僕は『記憶喪失』という言葉を知っていた。  目覚めたときに自分がいた場所が病院だということも、周りの白い服の人たちがお医者さんや看護師さんであることも。  食べ物の名前や箸の使い方も、顔を洗ったり服を着たり脱いだりといったそういう身の回りのことのやり方もわかる。  何よりも僕は不自由なく言葉を話せている。それなのに、自分のことだけがわからない。  怖い。凄く、怖い……。  僕が静かにパニックに陥ったことが伝わったらしい。 「今はゆっくり休みなさい」  それだけ告げると、僕をひとり病室に残してみんな出て行った。 「何かあったら、これを押してね」  すぐに来ますから、と看護師さんが優しい声でナースコールの説明をして。  誰もいなくなった白い部屋で、僕はベッドに横たわったままじっと天井を見つめている。  たぶん長い時間寝ていたから、少しも眠くないんだ。でも、起きていると怖いことから逃げられない。  いやだ、そんなのはいやだよ。
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