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そこには一つのヘアゴムが落ちていた。
(だから、ここだけ空いていたのか……)
左肩にかかっているスクールバッグを肩にかけ直す。やけに重くなったような気がする。右手にある傘までも。
校章が擦り消えかけたカバンはぱんぱんに膨れている。けど重く感じるのは、参考書やノートや体操着や靴が入っているからだけでない。
部活で激しく動いていた体はこのカバンを持って突っ立つのを拒否していたのだ。電車に乗った瞬間には、座れる場所を砂漠で水を求める人のように探していた。
そんな私の目に長椅子の一席だけぽっかり空いている場所がオアシスのように飛びこんできたのに、行ってみればヘアゴムが鎮座していた。
(なんだ? あの汚らしいヘアゴムは)
それはよく見かけるヘアゴムではない。細長いゴムを切って結ぶことで輪っかになっていて、両手首を通せるほどびろんと伸びている。普通なら、片手首に入るかどうかなのに。
そんな異質なヘアゴムを避けるように、その席だけ開けられている。
けど、今座らなければ、これから立ちながら揺られるのを三十分間も耐えることになるだろう。しかも、降りた後は二十分間の自転車こぎが待っている。
私の体も限界だ。でも、「高校では疲れる運動部はやめなさい。勉強のために」と、言った親を振りきって運動部に入っているのだ。弱音を吐きたくない。
(だれか他に座りたい人はいないのか?)
だれか座りたい人が座ってくれれば、あきらめがつく。
そう思って車内を見回してみると、立っているのは、私だけだ。
(えいっ!)
私はヘアゴムの存在を見ないようにして、座りこんだ。
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