あなたの可愛いは好きに似ている

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 丁度、手元のグラスは空きかけていて、私の口ぶりで苦手ではないこともきっと分かったのだろう。こういう気遣いは、ともすると気付かずに流してしまいそうになるものだ。 「あ、すみません、その…」 「マスター、この子に一杯出してあげて」 「かしこまりました」  そんな、細やかな出会いだった。  その日、お酒の話をしながら少しだけ会話に花も咲いて、気付くと、今自分が仕事を探しているのだという話をなんとなく口にしていた。それがどうやら、どこかの小さな会社を経営されている方だという話になり、急に自分がちっぽけな存在に感じながらも、同時にひどく惹かれていたのが印象的だった。 「あの、もしも…なんですけど、従業員の募集なんてしてないですか」  そんな言葉を口にしていた。お酒の席の戯言だと思われているに違いない。それでも、こうした気遣いをプライベートの時間でもできる人を大人と呼べるんじゃないかと思った。私は、ずっと大人になりたかった。 「んー、してなくもないけど…」 「でしたら、ちゃんとお酒を飲んでいないときに連絡をするので、面接してもらえませんか?」  この人の下で働けば、なにか成長できる気がしたのだ。なにかは分からないけれど、きっと、頭が良くなるとか仕事ができることというのよりも、人としての何か。それをたしかに感じたのだった。その佇まいにも、仕草や言動にも。  それからどれほど経っただろう。勢いだけで入社して、視界の中に彼がいる間はとにかくその所作を見て、仕事だけでなく人間性でも盗めるところはないかを必死で探していた。 その間も、私は以前と変わらぬペースでバーへ通っていた。週に1~2度程度を、ずっと。たまに社長に遭遇することもあって、その度にお酒の話や、仕事について尋ねたり、実は映画にも詳しいことが分かってお薦めの映画を紹介してもらったりもしていた。  バーというのは常連さん同士も自然と話すようになる空間のようで、社長はたくさんの方と話をしていた。アニメについて話したり、医療関係の人とはそういう話もできたり、海外についても風土、気候、食文化、その土地土地で気を付けなければならないことなど。何の話題が出てもその話についていけるだけの知識が、彼には備わっているようだった。 「どうやったらそんなに知識を集められるんですか?」  馬鹿だと思われてもかまわない。それよりも大事なのは、私がどうしたら社会を、物事を知っていけるかということだった。 「どうやったら…仕事に必要なことだからね。取引先の方との会話で役に立ったりとか。それなりに時間を使って調べて、見て、時には味わって覚えていくしかないよね」  あっさり彼はそう言った。聞けば教えてくれるが、聞かなければ何も教えてくれないのも彼の特徴の一つだ。
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