03.その週の土曜日、3時、グラウンドにて

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03.その週の土曜日、3時、グラウンドにて

3人組に引っ張られて座った席の横には、なぜか「ナイト必勝」と書いてある鉢巻きをしたゴールドがどっかりと座っていた。 「で、何であんたがここに来てんの?しかもその鉢巻き、この真夏に暑苦しさマックスだし。」 「おう、ブルー、お前こそ、すげー珍しいじゃん、ナイトの応援なんて。」 「いや、別に応援ってわけじゃないけど、誘われたから。」 とモゴモゴ言った私の声はでも3人組にかき消された。 「あー、ゴールド来てたんだ。今日ビー部休み?」 「おう、グラウンド使えねえし。ナイト見られるしな。」 「友情だねえ、さすがゴールド。」 「いや、まあそんなに褒めないでくれよ。でもさ、この女子の数すげえなあ。俺たちの練習試合にもこんだけ来てくれればやる気でんだけどな。」 「ああ、どーだろうねえ。ビー部って何つーか男くさい?丸太みたいだし。」 「ジャガイモの煮っころがしみたいな?ほらすぐ固まってガーッてなるし。」 「お前らねえ、あれがどんだけ男のロマンかわかってねーの?俺が説明してやるから。だからまずな、」 「あー、出てきた。ナイトー。」 びっくりした、耳をつんざくような絶叫が聞こえる。100人くらいはいそうな女子の大群が一斉に叫んでいる。キャプテンマークをつけたひときわ長身のナイトが柔軟運動を始めた。そうだった、そう言えば、席がなくなるからと急かされてだいぶ前に来たんだった。言われた時は30分前集合だなんて、たかが練習試合に大げさなと思ったけれど、危うく席が取れない所だった。今日ここでは、私も安心してナイトを見つめていられる。見返される心配がないから。 試合中ナイトはともかく走った。黒髪をなびかせて、どこにでも絡んだし、ボールを奪われるとどこまでも取りに行ったし、グラウンド中を走り回っていた。放ったロングシュートがわずかに外れた時には悲鳴が上がった。職員室から何人かの先生たちの頭が覗く。きっと何事かと思ったに違いない。結局前半は0-0で折り返し、私は握りしめていた自分の両手が汗でぬるぬるしていることに気づいた。気づかれないように、そっとハンカチで拭く。 「もう私、ドキドキしすぎてダメー。」 「だよねえ、もう手汗凄いし。」 「早く点入って欲しいよねえ。」 3人組は口々に言う。 「よお、どうだった?お前、どうせ、ナイトの試合観んのなんて初めてだろ?」 ゴールドに突かれる。 「うん、いや、相手校の選手が気の毒だなあって思った。まあアウェイだから仕方ないかな。」 「まさかお前知んねーの?ナイトのアウェイホーム化伝説って。」 「伝説って…何それ?」 「だから、あいつが行く所行く所、結局対戦校の女子もあいつの応援だから、ホームと化すわけ。だからまあ、あいつのチームメートはやりやすいわな。この間は埼玉まで遠征だったらしいんだけど、そこでもそうだったって、あいつの友だちが言ってたわ。フリーSIM的な伝説、もはや?」 「難しいこと言おうとしなくて良いから、あんたは。」 「お前、コールドだねえ。ゴールドじゃなく。ぎゃはは。いてっ。」 「馬鹿じゃないの?」 「だからって叩くなよ、まったく。」 そんな相変わらずのバカ話をしていると後半が始まった。後半は両チームとも積極的に得点を取りに行った。ペナルティーエリアでの競り合いでナイトが倒され、フリーキックのチャンスになった。 「ナイトだよね?」 「勿論そうでしょ。」 「どっちで蹴るんだろう?」 「そりゃあナイトの黄金のー」 「え、俺おれ?」 「違うって、ナイトの。」 「黄金の、何?」 「ああ、そうか、ブルーあんた本当にナイトのこと何一つ知らないんだよね。」 「ナイトの黄金の左足。」 「なんか特別なの?」 「特別も特別よ。シュートがかかって曲がるのよ。見ててご覧。絶対キーパー取れないから。」 ナイトが厳しい表情で、ボールをグラウンドに置く。群青色の背中が光る。グラウンド中が息をひそめて見守っている。プレッシャーが凄いだろうな。でもこちらから見える瞳は静かに澄んでいる。漆黒の夜空のように。そして3人組は正しかった。キーパーは全く逆の方向に動き、ボールはゴールに綺麗に吸い込まれていった。大歓声の中、チームメートが駆け寄り、ナイトは笑っていた。心から嬉しそうに。その輝きに目が吸い寄せられる。 「ナイトォォォォォー、俺のナイトーッ。」 野太い声で鉢巻きを振り回すゴールドや、キャーキャー言って飛び上がる3人組にもみくちゃにされながら、私はずっとその笑顔を見つめていた。 そうしてその日はナイトの1点を死守して、青南が勝った。試合終了のホイッスルが鳴り、チーム同士が健闘を称え合う。その後、ナイトたちが近くに走ってきた。 「ナイトォォォォォー。」 地鳴りのようなゴールドの大声に、ナイトは弾けるような笑みを向ける。その視線が揺れ、私の瞳を捉えた。私は試合の余韻からか、いつものように目を逸らすことは出来ず、ナイトの瞳をじっと見つめていた。
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