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06.ブルーが無愛想な件ーブルー
今日も来ている。やっぱりゴールドとは本当に気が合うみたい。
「おーい、ブルー。ナイトがお前のこと不愛想だって言ってんぞー。」
響き渡るバカ声。「ナイト」に反応するクラス中。一瞬の静寂。
「やっばー、ブルー、あんたナイトになんかしたの?」
「まずいよー、ってかあのナイトに不愛想になれるアンタって逆に尊敬すんだけど。」
「だよねーだよねー。私なんか、いかにナイトの声聞こうかって、もう話しかけマシーンだもん。」
「あんたはナイトの声より自分の声聞いてるよ。」
「友香、ひどくない?」
3人組が喋る声が遠い。でも喋ってくれてるからありがたい、だってどんな顔したら良いかわからないから。ただもう本当にありがたい。
その日の帰り道だった。
「ねえねえ、あそこにいるのゴールドたちじゃない?」
梨奈が目ざとく指をさす。掃除当番を終えて駅に向かう小道にあるゴールデンゲート。中を覗くまでもなく、開いた自動ドアから一瞬漏れてきた大声。まぎれもなくゴールドだ。
「うわっ、マジ?ってかナイトもいるんですけど。」
「えっ、本当?大ラッキー。もう行くしかないでしょ、これは。」
「行こ行こ。早く、ブルーも。」
「えっ、でも招待されてもないのに。」
言い淀む私を3人組がさも呆れたように振り返る。
「ブルー、あんた時々バカなの?って思うわ。」
「招待って…」
とみんなが呆れかえったように頭を振り振り、中に入って行く。
「ゴールドッ。」
「おう、お前ら、今帰り?」
「そー掃除当番でさ、やっと終わったとこ。あ、ここ良い?」
3人組の手際(?)の良いこと。あっという間に溶け込んでいる。ゴールド、ナイト、あと多分サッカー部とビー部が一人ずつ。みんなメニューを手にとっている。
「おお、ブルー、お前もジョインする?珍しーな。じゃ、ここここ。」
ゴールドが席を移り、手招きしたのはナイトとの間の席。
「いやーん、ブルー、特等席じゃん。うらやまー。」
「いいなあ、早く座っちゃいなよ。」
そう言われれば言われるほど、恥ずかしくて、おまけに腹が立ってくる。
「いや、いいから私はここで。」
と端の席に着く。
「うっそー何でー?勿体ない。」
「じゃ、私、失礼させていただきまーす。」
アッという間に梨奈が座った。端の私の前には「多分サッカー部な」男子がにっこりしている。
「おーい、みんなっ、俺早く食いたいから注文な。」
とゴールドの号令で、怒涛の注文タイムになった。ゴールドはいつものボルケーノだとしても、みんなナイトのストロベリーベリーパフェには驚いた。
「いやーん、ナイト君、かわいー。何でストロベリーなの?」
とゴールドが身をよじって聞く。気持ち悪いから勘弁してほしい。
「いや、俺いちご好きだから。」
「いや、俺いちご好きだから。」
とゴールドが目線を飛ばして復唱する。
「どう?俺今カッコよかった?いちごとか言って、プリティーだった?」
一人で訳の分からないことを言いまくるゴールドに、みんなで大笑いした。私はまあ中笑いだけど。ナイトがいると何でか悔しさが込み上げてきて、反応が素っ気なくなる。
「ええと、ブルーさんって言うんだよね?」
パフェが次々到着し、何となくお祭り気分な嬉しく楽しい雰囲気になってきた時、前の座席の“多分サッカー部”な男子が聞いてきた。
「ああ、それはゴールドにつけられたあだ名で。紺野、紺野麻です、宜しく。」
「こちらこそ、宜しく。俺はあそこのナイトと同じクラスで同じサッカー部(やっぱり)の柿本です。あ、でも、何でブルーなの?」
「それが、あそこのバカ、いやあそこのゴールドが開口一番、俺お前の名前ダメだわとか言い出して…」
私はゴールドのバカさ加減を説明し、柿本くんはゲラゲラ笑い、それはそれで楽しくなってきたその時、
「おーい、そこ盛り上がってんなー。柿本、お前にはブルー不愛想じゃねえのな。」
と向こう側からまた余計な大声が飛んできた。蒸し返すなと言い返そうとしたら、
「でもさあ、ブルー、普通に男子と喋るよ?」
「だよね、だってゴールド、あんたとだっていつも口喧嘩してるじゃない。」
あまりにも嬉しくないフォローが入る。
「あー、それ俺も実は言ってて思った。ブルー、口悪いけどさポンポン言い返してくんもんな。だって今だって柿本初対面だろ?でも和やかーに弾んじゃってるしさ。」
私は思わず、
「ゴールド、あんた、和やかと弾むって一緒に使うと変だから。」
いつものようにゴールドのへんちくりんな日本語を訂正する。
「ほらな、ナイト、ブルーってさ、こんな感じなんだよ、普段。」
「ふーん、そっか。」
ナイトの声が落ちてきた。特段何の感情も含まない、でも温かな声。まさにフラットな。やっぱりこの人は気にもかけていない、私のことなんて。多分、イヤフォンのことだって、その他多くの事柄の一つなんだろう。私だけが、何度も何度も大切に思い返しているだけで。
「ああーっ、紺野さんって、あの紺野さん?いつも学年トップ3に入る?」
柿本くんは驚いて私を指さしている。
「ダメダメ、柿本くん。ブルーはこの間、初トップ陥落で、今度のテストで奪還に邁進中なんだから。トップ3なんて言っちゃあ。」
「だよねー、何てったってベスト3に入らない男子のことは認識してないんだもんね。」
「そうそう、驚きモモノキ。ナイトのことだって知らなかったんだよ?」
「あれには私も驚いた。全東京女子が泣くナイトのことをだよ?」
「ナイト、この間4位だったよね、凄かったじゃん。私ら、それをブルーに説明して、ねー。」
どん底。取返しがつかない。こいつらのフォローは最悪だ。
「えー、お前4位だったの?俺なんか俺付近しか見てねえから、200位とか、その辺りだけだよ、認識してんの。」
「あんた、200位とか貼り出されないって。それに認識って何?」
つい突っ込んでしまう。
「いやまあ、俺はいつもその辺だからいーんだけどさー。ナイト、お前4位だったの?すげーじゃん、マジで。出来過ぎなんだすけど。」
「あれはたまたま。紺野さんとは違うよ。」
初めて名前を呼ばれたのに、この文脈って…。
「紺野さんって。いーんだよ、あいつはブルーで。」
そこから話はどんどん流れて、それぞれの部活やら担任やら、ゴールドメインのバカ話をやら聞いて、ひたすらパフェを食べて、私たちは実に高校生らしい放課後を過ごした。夕暮れの青山通りを渋谷まで笑いながら歩いた。渋谷駅に着くと、
「おう、じゃあな。俺、井の頭だから、ナイトお前もだよな。」
と、ゴールドが手を振った。
「俺、今日代官山に用あるから、東横に乗るわ。」
心臓が跳ねた。絶対に一拍飛ばした。さっきまで楽しく、女友だちも最高だし、こんなつながりの男子とのグループも良いなあ、なんて思いながら平和に過ごしていたのに。
「ブルーいいなあ、超ラッキー。」
「うん、羨ましい。ナイト代官山だってー。」
計8人もいたのに、東横線は私だけって。さらに今日は最悪な相性のこの人と一緒って。しかも代官山って。心の中でうめきながら東横線への通路を歩き始める。黙々と歩くのは性に合わないんだけど、何を話して良いのか、話したいことがありすぎて何も浮かばない。右隣からはかすかな良い香りが漂ってくる。あの時と同じ香りだなと思っていると、
「紺野さん、代官山?」
高いところから声が降ってくる。あまりに慣れていない高さから。思わず見上げると、いつも見たくて見られないあの漆黒の瞳がある。ずっと見続けていたい瞳だから、不自然に見つめていないかわからなくなり、すぐに目を逸らす。
「そう。」
「ずっと?」
「うん、小2で引っ越してきてからずっと。」
空気が揺らいだ気がして見上げると
「俺、紺野さんの文章、初めて聞いた気がする。」
何となく楽しそうな顔をして、ナイトが言った。
「私、不愛想だからね。」
地面を見つめて言うと、
「俺には、でしょ?」
また空気が揺れている。余裕なのか、気にしていないのか、ああどっちも同じか。答えようがなくて、タイミング良く来た東横線に急いで乗り込む。入口近くの手すりにつかまる。そのすぐ横のつり革につかまるようなつかまらないような、背が高すぎるナイトが立っている。一駅だけ。歩いても渋谷からは15分足らず。歩きたかったな。紫色の夕暮れの中をナイトと歩けたら、それだけで楽しくて本当に嬉しいだろうなあ。そう思っていたら、また声が降ってきた、今度は左側から。
「今日、HAKUSUI に寄ろうと思って。CD見にさ。」
私の好きなスポットの一つであるHAKUSUIの話が出て、嬉しくなる。
「私、あそこ好き。ゆったり出来るよね。ウォークマンに入れる曲探すの?」
言ってしまってから、しまったと口を押える。やっぱり今日は最低最悪の日だ。上からの空気が大きく揺れている。思わずナイトの顔を見上げる。こんな風に笑うんだ。遠巻きには見てたけど、こんなに光がこぼれるように笑うんだ。
「覚えてたんだ?でも学年4位だから、俺のことは知らなかったんでしょ。」
本当に嬉しそうな笑いを含んだ声がする。
どう答えたら良いかわからずに、窓から外を見ていると、あっという間に代官山駅に到着した。階段を上がると、もう理由がないから。
「じゃあバイバイ。」
勇気を出して顔を見上げる。いいなあ、嬉しかったなあ、この瞳を間近に見られて。たった一駅だけでも。そう満足して歩き出そうとした瞬間、
「行かないの?」
と温かな声が追いかけてきた。やっとゆっくり安心してニコニコ出来る、と緩んでいた表情を引き締めて振り向くと、
「HAKUSUI好きなんでしょ、来ないの?」
にっこり笑って立っている、この人は。断られることなんて、きっと思ってもみないに違いない。振り切ることは出来る、理由はいくらでも付けられる。逆に断らない理由は一つしかない。「好きだから」。3人組曰くの全東京女子と同じに。その他大勢の麻になるか、ナイトだけに不愛想なブルーでいるか。
「やめとく、もう遅いから。」
行った先から後悔している。この人は絶対深追いしない。フラットでウォームだから。
「OK、じゃあね。」
代官山を通り過ぎる女の人たちが見つめる中を、ナイトは手を振っている。思った通りだ。二人で過ごせたはずの時間を思うと、涙がにじむけど、その他大勢にだけはなりたくない気持ちの方が強すぎた。
このプライドが、私を支えてくれるけど、打ちのめしもする。
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