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08.11月、修学旅行
「えーっ、また奈良京都かよ。俺中学でも行ったー。」
いつでも騒ぐゴールドが嘆いている。
私は「修学旅行のしおり」を見ながら、
「私なんか、宿舎までかぶってるんだから。」
と何故か得意げに言った。
「ぶっ、だっせー、ブルー。」
「別にダサくもなんともないけど。」
「私はさあ、奈良京都行ったことないから楽しみー。」
友香が目をくるくるさせている。
「あ、でもなんで奈良京都なんだろ?京都奈良じゃなく。」
「言い易いからだろ。」
とめんどくさそうに答えるゴールドに、チッチッと指を振って見せる。
「平城京の方が平安京より古いからよ。」
「おーイヤだねえ、何でも私知ってんのよ系の女は。」
ゴールドが鼻にしわを寄せる。
「俺何にも知らない空っぽ男ですー、よりましだと思うけど。100倍。」
「やだあ、二人とも喧嘩しないでよ。高校生活ハイライトの修旅なんだから。」
まゆみが困ったように割って入る。
「でさー、修旅って言ったらあれだよね、告白大会。」
梨奈が舌なめずりをしながら言う。
「あんた、女豹になってるよ。」
友香が梨奈をつつく。
「だってさあ、あとは受験にまっしぐらじゃん。ともかく青春するなら最後のチャンスだもん。」
「青春って…」
私はやれやれと天を仰ぐ。
「ゴールド、賭けない?ナイトが何人に告られるか。」
「おお良いねえ。賭けよう賭けよう。あっ、でも俺スパイク買っちゃったから今月金欠なんだ。1000円で良い?」
「上等。」
梨奈がニヤリと笑う。こいつらはもう。
「で、ゴールドの読みは?」
「俺はそーだな、15人?」
「この勝負もらった。私は最低30人にしとくよ。」
たまらず、
「だって2年女子全員でも160人しかいないんだよ?」
と言うと、
「あーそうか、少なすぎたな。じゃあ最低40人にしとく。」
ときた。ちょっとマジですか、梨奈。慌てて友香を見ると、肩をすくめていた。
奈良の宿舎に着いて1日目、私はなんと3通の手紙を渡された、別々の時に。
「ゴールドに渡して。」
ですと。何で?でもみんな必死でそれが可愛くもあったので、勿論受け取った。その夜の食堂で、ゴールドに後で会えるか聞いてみたら、ギョッとしたみたいなので、
「違う、私じゃないから。」
と言ったら、あからさまにホッとしてやんの。憎らしい。その後、ゴールドたちの部屋がある階段の踊り場で、
「これ頼まれもの、あんたに。3通。」
と言って手紙を渡した。古風だなあ、今時手紙っていうのが良いなあ。
「お?おお。」
ゴールドは珍しく口ごもって、赤くさえなっている。
「ゴールドォ、あんたもしかして照れてるぅ?」
とここぞとばかり突いてやった。
「照れてなんかねえよ、止めろって。」
思ったより強い力で腕を握られる。びっくりして振りほどこうとしたその時、ちょうど後ろをナイトが通りがかった。
「あ、ごめん。」
ナイトの手には手紙やら、プレゼントやらが山盛りになっている。
「おーナイト、謝ることねえって。それよりお前、今日いくつ?」
「は?」
「だから今日一日で何人に告われたよ?」
「なんだよ、何でお前がそんなこと気にすんの?」
「いやー、新たな伝説の目撃者としてさあ。」
聞きたいような、絶対に聞きたくないような、どっちつかずの気持ちで立ち去れない。
「あー、でもやっぱな、ブルーいると言えないわな。まあこいつも一応女子だし。ってことで、ブルー、シッシッ。」
ゴールドが手で追い払う仕草をする。全く失礼な。
「どーせ私はお邪魔虫ですよー、消えますよー。」
ぶっと吹き出して、
「お前、それ俺の母ちゃんとかが言う言葉だぞ。お前ババ癖えなあ。」
とゴールドが呆れる。
「うるさいっ、黙れゴールド。」
吠えてから、部屋に戻ろうと向きを変えた。すると、
「紺野さん、」
温かな声に呼び止められて、心臓がまた跳ねた。
「お休み。」
振り返るとナイトが静かに笑っていた。山のようなプレゼントを抱えて。
2日目、私たちのクラスは平城宮跡に来た。昔の風が吹き渡っているような、広い平原。確かにここを行き来した人たちがいたと思わせる、過去と現在が混在しているような不思議な空気。館内で記録写真のスライドを見て、外に出ると、冬の澄んだ夕暮れに大きな金色の満月が上ってきた。どこまでも見渡せる平野に、これ以上ないくらい大きなバターボールがゆっくりゆっくりと上がる。
まるでその重みに耐えるみたいにゆっくりと。あまりの美しさにいつまでも見ていた。
宿舎に帰ると梨奈がさっそくゴールドを捕まえて、
「で、途中経過は何人よ?」
と訊いていた。
「企業機密ですので、お答出来ませーん。」
ゴールドがバカバカしく答える。
「うー、明日はいよいよ京都の自由時間だから、ここで勝負をかける女子は多いはず。私、張り込もうかな。」
「梨奈、そんなことより、あんた自分は良いの?」
まゆみがしおりで時間割を確認しながら言う。
「あんたもナイト狙ってなかったっけ?」
「もちろんよ。でもさー、修学旅行だと埋もれちゃいそうでさあ、このワタクシが。」
「ああでもさあ、ことナイトに至っちゃ、埋もれない時なくない?」
友香がキャンディーを放り込みながら聞く。友香は無類の駄菓子好きだ。
「そーなのよ、それ。大問題だよね。だって女が切れたことないじゃん、ナイトって。いつだって誰かと一緒だしさ。」
心臓がドキドキして手が冷たくなる。そんなのわかっていたことだけど。
「じゃあさ、お前らの相手はこのゴールド様がしてやるから、明日の夜時間は一緒に出かけようぜ。そうだ、この間の柿本たちも呼んでさあ。」
「あ、それ賛成ー、行こ行こ。」
そこで私は気づいた、重要なことに。ゴールドに手招きをする。
「ちょっとあんた、昨日の手紙はちゃんと読んだの?あんたこそ出かけなくて良いの?私らとつるんでなくて。」
「ああー?いいんだよ、返事は大丈夫ですってみんな書いてあったし。」
「あんたねえ…それ間に受けるって。あんたに告白した子たち全員が気の毒でならないわ。」
私は責任を感じて深い溜息をつく。
「大丈夫だって。ともかく明日な。」
ゴールドは呑気に男子部屋へ戻って行った。
だってなー、みんな手紙に似たようなことを書いてきてて、ビックリしたんだ。「ブルーさんがいるのは知ってます。見ているだけでも良いです。」だってさあ。何のこっちゃ?
3日目の京都の寺社仏閣石庭、大体が中学の時に回ったところだった。その時も特に好きだった哲学の道と銀閣寺は11月のしんとした空気がよく似合った。灰色の光の中の静寂だった。中学の時は5月の新緑の頃だったからまた全然違ったのだ。きっと中学生のワクワクした気持ちのあの頃と、高校生の今とでは、こちらの受け取る感じも異なっているのだろう。
夕方宿舎に戻って、今夜の自由時間の注意事項を先生たちから聞く。自由時間は7時から9時まで、門限を1秒でも破った者は明日一日中先生たちと行動を共にすること(うへえ、とみんなの声が漏れた)、他校の生徒とは接触しないこと、等々。
「さあ、行こうぜ、夜の京都へ。」
ゴールドが招集をかけた柿本君、あとビー部の二人(イベ君とナベモト君)と一緒に出掛ける。8名で出かけるからか、以前のゴールデンゲートの帰りをどうしても思い出してしまう。ゆっくり京都の賑わう夜を楽しみながら、まずは土産物街に向かう。ゴールドたちはもっぱら試食に夢中、私たちは家族へのお土産買いとばらけた。私は妹のまりにキーホルダーを、両親には「お前、いいからこれ食ってみ。激ウマよ。もーこれ試食の最後のやつ」と、試食コーナーでゴールドに無理やり食べさせられた小豆チョコ入り生八つ橋を買った。きっとまりが騒ぐから、大箱にした。
「大箱って、お前よく食うねえ。」
勧めといて呆れ声を出している、こいつは。私はそのゴールドの手元をジロリと見た。
「あんたこそ3箱も買ってどうすんのよ?」
「俺んちは人数が多いからな。まあ俺が1箱は食っちまうけど。」
買い物後の高揚感と、普段は会えない時間にみんなと一緒にいる楽しさでいっぱいだった私は、ニコニコしながら自分用のお土産を探していた。
「ちょ、あれナイトじゃん?」
そんな上機嫌で歩いていた最中に、ナイトセンサーの梨奈の声が響いた。友香とまゆみが梨奈に走り寄る。その視線の先に、ナイトがいた。とても優しい微笑みを浮かべて、相変わらずの長身で。
「よおナイトッ、ここ。ここ。」
あ、バカ、ゴールド、と思ったけど、時すでに遅し。ナイトは顔を上げてこちらを見た。手を振っている。
「うっ、あれ隣、佐々木さんだよね。学年人気ナンバーワンの。」
「梨奈、この間の学校投票では彼女、青南全体でナンバーワンだったよ。」
「あー、そうだった、確かに。」
「まあ、あの可愛さなら仕方ないわな。ちょっと見た、ナイトのあの微笑。反則的にかっこ良いんだけど。」
「彼女にはあんな感じで笑うんだねー。」
3人組が喋りまくる。
「ゲッ、やべえ、俺まずい時に声かけちゃった、もしかして?」
一応ゴールドは声をひそめた、らしい。でも十分響き渡っているけれど。
「決まってるじゃない。あんた、誰にでもすぐ声かけんの止めなよねー。」
私は心が冷えてくるのを感じながらも、務めて普段通りに言った。
「だな。あ、だから今日来なかったのか、あいつ。一応誘ったんだよ、俺。でも何か先約がある、とか言ってさー。俺はてっきり同じ組のやつらとかって思ったんだけど。」
先約、ね。ナイトらしいな。
「あんた、ナイトが先約って言えば、彼女とに決まってんじゃない。ゴールドくらいだよ、それ聞いて相手が野郎だと思うのは。」
すかさず梨奈に叱られている。そうかあ、とゴールドは頭を掻いている。そのやりとりをビー部君たちが笑って見ている。
「柿本、何か知ってた?」
ゴールドに訊かれて、ナイトの方をまだ見ていた柿本君が、
「いや、全然。ていうかナイト、佐々木?」
と首を傾げている。
「きっと修旅の告白だったんじゃない?」
やっぱ、いーなあ、私も告白しようかなあ、などと梨奈が夢見ごごちで言っている。
「どっちよ。」
すかさず友香に突かれている。
一人で泣きたい。わかってはいたけれど、目の当たりにすると涙が落ちそう。あんな微笑み方するんだ。世界中で一番大切なものを見るみたいに。青南クイーンの佐々木さんと伝説のナイトだなんて、似合いすぎてどうしようもない。さっきまで私、あんなに楽しかったのに。修学旅行、良い思い出になるはずだったのに。この一瞬で反転するなんて。自動的に失恋って。勿論ナイトだから、いつも女子に囲まれていたし、そんなの考えても仕方がないことだっていつも自分に言い聞かせてきた。だから何で今こんなに悲しいのかわからない。わかってたことをただ証明されただけだよ。しっかりして、麻。あんたはナイトを見ても仕方ないんだから、もう。
翌日は午後の新幹線まで、班ごとの自由行動だった。昨夜、門限・掟破りは誰もいず、無事全員無罪放免となった。私はラッキーなことに、3人組と一緒で、班長は相変わらずクラス委員の岡部君だった。私たちは、岡部君の立てた完璧な予定表に従って動けば良いだけだった。テーマは「南禅寺と豆腐」って、らしい渋いチョイスだったけど。でも、まあお豆腐好きだし。南禅寺のお坊さんたちが行きかう知的な静けさは憧れる。京都、やっぱり好きだなあ。修学旅行が2回ともそうでも、宿舎まで同じだったとしても。
そして私はナイトを目で追いかけるのを止めた。
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