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02.5月、体育祭当日
「お姉ちゃん!」
「あ、まり、どうだった、幅跳び?」
「うん、まあまあ。5位だった。」
「頑張ったじゃん。それに青の鉢巻き綺麗。」
「うん、良いよね、この群青色。お姉ちゃんたちの鉢巻きは…微妙だね。」
「でしょ?ゴールドなんかは、殿様ガエルだとか言ってバカバカしく騒いでたけど。」
「あはは、ゴールドさんらしい。でもほんと、もう少し明るい緑だったら良かったね。」
「だよねー。ただでさえ、高3なんだから、この深緑じゃ老けまくりだ。」
「お姉ちゃんったら、まだまだこれからだよ。」
「ありがたいお言葉をありがとう、妹よ。」
私たち二人は笑った。青空の下で。今日は絶好の体育祭日和だ。
「で、お姉ちゃん鉢巻き誰かと交換した?」
「え、何それ?」
「えー知らないの?ドラマで有名になったじゃん。体育祭で好きな人と交換するの。」
「全然知らなかった。世代ギャップが…」
「いや、お姉ちゃんたちの学年の人たちも知ってると思うよ。」
「ほんとに?」
「うん、だってさっきみんなでナイトさん追いかけてたもん。」
「あ、そう言えば3人組もソワソワしてた。」
「でしょ?ナイトさんが鉢巻きを誰に渡すか、みんな興味津々なんだよ。」
「うわあ、伝説も大変だね。一挙手一投足が注目されて。」
「一挙...?」
「ああ、何もかもってことだよ。プライバシーとかなさそうだよね。いち男子なのに。」
「お姉ちゃん!」
「はい、な、何?」
「ナイトさんはいち男子なんかじゃないよ。宝だよ、青南の。」
「宝って、あんた。」
私は脱力した。と同時に、
「俺のー汗と涙の染みた鉢巻き欲しい女子ー?」
というバカ声が聞こえてきてあっけにとられた。
「ゴールド。」
「ゴールドさん。」
私とまりは同時に頭を抱えた。
最終アナウンスがあり、リレーの招集がかかった。
「おい、行くぞ、ブルー。ってかお前、今日の為に改名すべきだったんじゃん。グリーンとか。」
あんまりバカバカしくて放っておいた。でもお陰で緊張が少しほぐれた。招集場所に行くと、ナイトがアンカーのたすきをかけて、沸き上がる歓声を背に立っていた。まだ何も始まってないのに、何だ、この歓声は。
「おお、みんな俺の為にありがとう。」
いつでもぶれないゴールド(こちらもたすきをかけている)はある意味素晴らしい。
「よお。」
ゴールドはナイトの肩を軽く小突いて、それから肩を組んだ。ナイトの長身と釣り合うのは、青南ではゴールドくらいしかいない。キャー、という声があがり、シャッター音が響く。へ?ゴールドもやっぱり人気あるの?
「今日は俺が頂くからよ。」
ゴールがナイトの肩をパタパタ叩く。
「どうかな。」
ナイトがニコリと笑った。それだけなのに、また歓声が上がる。この人は何をしても注目される。
私の番が近づいてくると、どんどん緊張してきたけど、ともかくバトンを落とさないことだけ考えて走った。
「お姉ちゃーん、頑張ってー。」
まりの声が聞こえた。最後のコーナーで、いつもはバカみたいにふざけているゴールドが真剣な顔で待っているのが見えた。まるで別人だ。勝負をかけた男の顔、みたいだった。そんなことを考えながら飛び込んで、バトンを渡した。膝に手をついて息を整えるのももどかしく、ゴールドが飛んで行った方向を見る。緑のたすきがなびく。でもそのすぐ後ろを青のたすきが追う。ストライドがぐんぐん伸びて、とうとう並んだ。歓声は最高潮だ。ゴールド逃げ切れ、と思いながら、でも同時にナイトの力強く走る姿を息を飲んで見ていた。テープが切れて、二人はグラウンドに倒れこんだ、笑いながら。勝ったのは一体どっちなんだろう?全校生徒が静まり返った。本部の先生たちが集まって話し合っている。やがてアナウンスがあった。
「只今のリレー、青組と緑組同着1位。」
青と緑の鉢巻きが舞う、大歓声の中を。
「やった、やったね、ゴールド。すっごくカッコ良かったよ。」
私は、まだグラウンドに倒れこんでいるゴールドの肩をピタピタ叩きながら喜んだ。
「ああ、ちきしょー。追いつかれるなんてなー。」
「でも同着1位だよ。頑張ったよ。あーリレー出て良かった。」
「だろ?俺に感謝しろよ。ぶうぶう言ってたんだからな。」
「はい、はい、感謝してます。ってあんた一度だって勉強してたっけ?よっちゃんにどう申し開きするわけ?」
「あーもう終わっちまったからなあ。やったもん勝ちってことで。」
そんなバカな言い合いをしていると、影が射してすっと手が差し伸べられた。
「ほい。」
「ああ、サンキュ。ってかお前あれはねえだろ?後ろから追うか、普通。」
「はは。それは当たり前だって。」
ゴールドを助け起こしながら、ナイトはそれは爽やかに笑う。この人だって走っていたのに、もう息一つ乱れていない。
「お前、知ってるだろ?俺はどれだけでも走れるって。」
「あーだなー。サッカー部のやつらが文句言ってたもんな、うちのキャプテン化け物ですって。忘れてた。」
「それは毎日走りこんでるからじゃ。」
言ってからしまったと思った。ゴールドがビックリして、こちらをまじまじと見る。ゴールドのもともと大きい焦げ茶色の瞳が、いっそう大きく見開かれている。
「ブルー、何で知ってんの?ナイト、こいつ何で?」
ナイトはいたって落ち着いて、
「ああ、それは前に一度会ったから。」
などと答えている。
「会ったって何で?」
「ゴールド、うるさい。そんなに騒ぐことじゃないでしょ。偶然よ、たまたま。」
私も、何て事ないように、そんなのよくあることだみたいに、平然としてみせる。
ゴールドは満足したのか、さっさと話題を変える。
「ナイト、俺お前の鉢巻き欲しいわ。今日の思い出に。」
「お前意外にセンチメンタルだな。ほいよ。」
あー、それは今ここに居る女子全員の垂涎の的なのでは、と思いながら、ナイトが額から外した鉢巻きをゴールドに渡すのを見ていた。
「なんちゃって、これすげープレミアで売れそう。」
ゴールドが、うひゃひゃと笑う。さっきの一瞬の勝負師みたいな顔はどうした。私がよほど呆れ果てた顔をしていたのか、
「いや、冗談だって。俺、今夜これ抱いて寝るわ。」
と鉢巻きを抱きしめて見せる。
「で、ナイト、お前俺の鉢巻きいる?」
「いや別にどっちでも。」
「いやーん、ナイト君クール。もう意地悪ぅ。」
身をよじっているゴールドは気持ち悪いの一言に尽きる。
「わかった、わかったって、だからもうそれ止めろ。」
ナイトは困った顔をして、ゴールドの鉢巻きを受け取る。
「あっ、俺たちってば可哀そうなブルーのこと、すっかり忘れてた。」
ゴールドが大声で言う。
「良いって、わざわざ言わなくて。」
「あ、どうする?これ貰いものだけどいる?」
とゴールドの鉢巻きを差し出すナイトの言い方がおかしくて、思わず吹き出してしまった。ナイトは私の顔をじっと見ている。何なんだろ?密かに見つめるのは慣れていたけど、最近はずっとしてないけど、でもじっと見られるのは慣れてないから戸惑う。きっとまた耳でも赤くなってそう。
「いらない。水木君もらってやっといて。じゃあ、私行くね。」
私は慌てて退散した。でもこんなに長くナイトと一緒にいたのは初めてだ。
紺野さんが笑った。だるまさんが笑ったみたいだ、これじゃ。初めて見たその笑顔は三日月のようだった。静かで、でも銀色の光で辺りを照らすような笑顔だった。
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