08.8月、サッカー都大会

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08.8月、サッカー都大会

「サッカー部凄いみたいだよ、今年本当に。」 夏休みの登校日に、友香が教室に入ってくるなり叫んだ。 「ほんと?」 梨奈が湧く。 「うん、なんか2次TAまで出れるらしい。」 「それって凄いの?」 と訊いてみる。 「このTAを勝ち抜けば東京代表になれるんだって。」 友香が興奮している。 「うわー、すごいね。あれだよね、毎年修方(しゅうほう)がなってるやつ。」 「まゆみ、よく知ってるじゃん。」 「うん、うちのお姉ちゃん、前、修方のサッカー部の人と付き合ってたことあってさ。もう練習漬けの毎日で、デートなんて年イチだーって喚いてたから。」 「そりゃまた。年イチデートだったらさすがに別れるわな。」 梨奈がさっさと結論づける。 「うん、でもさ、フラれたのお姉ちゃんなんだよね。」 「え、なんで?」 「恋愛とサッカーは同時に出来ないって。出来ると思ったけど、やっぱり無理だったって。」 「えー、ひどいじゃん、そんなの。やれよ、両方。」 梨奈の目が三角になっている。 「まあ、その時はお姉ちゃん本当にボロボロだったけど、今はもう大丈夫。」 「そうだそうだ、なんてったって“花の女子大生”だもんね。」 友香が言って、梨奈が激しく頷いた。そんな二人を見ながら、まゆみが溜息混じりに続けた。 「でもさー、観に行きたいね、試合。ナイトの最後の試合。」 「うん、行きたい、行きたい。でも簡単に行けるもんなのかなあ。」 「予選なら大丈夫じゃない?」 「ブルーも行く?」 「私はいいや。夏期講習あるし。」 「えー一日くらい良いじゃん。ナイトのサッカー姿見れるの最後なんだよ?」 「みんなで観ておいでよ。で、教えて。」 「…そう?じゃあ柿本君あたりに聞いてみる?どうやったら試合観に行けるか。」 「ん、だね。ナイトはキャプテンで忙しそうだもんね。」 3人組は盛り上がる。 そう言えば最近ナイトを見かけない。ゴールドの所にもほとんど来なくなった。たまに見かけるのはグラウンドの上でだ。いつも後輩に指示を出したり、コーチと話し合ってたり、マネージャーから何かを受け取ったりしている。遠目でも忙しそうだし、表情が厳しいのがわかる。いつでも張りつめているみたいだし、ひたすら集中しているのが伝わってくる。この人の「本気」を始めてみた気がする。いつも余裕を見せて微笑んでいるのが、何でもこなしてしまうのが、ナイトだと思っていたのに。こんなギリギリの表情をするなんて。試合勝ち続けられると良いね、と心から思った。 翌々日の登校日、またもや友香が叫んだ。 「2次TAって10月なんだってー。柿本君情報。」 「えー、10月?結構遅いんだね。」 「うん、で決勝まで行くと試合11月なんだって。」 「うそ、マジ?その頃ってもういい加減受験一色じゃん。」 「うん、だから私らも観に行けるかどうかも微妙だよね。」 「じゃあサッカー部って浪人決定?」 「いや、それは人によると思うけど。ナイトとかどうすんだろね。」 きっとあの人はサッカーだろう。部活の後だって毎日走ってるし。何より前に観た試合での笑顔が物語っている。あの嬉しそうな、かけがえのないものを手にしたような笑顔。勝利を得るための必死さが今だ。 「で、ビー部はどうなってんの?」 「そういえば、ゴールドどこ?」 「さっきビー部の部室近くですれ違ったけど、何か声かけられる雰囲気じゃなくてさあ。」 とまゆみが言ったのでみんなでギョッとする。 「声かけられる雰囲気じゃないって。あんた、あのおしゃべりゴールドだよ?」 と訊いてみる。 「うん、そうなんだけどさ。後輩やマネとかに囲まれながら移動してて、結構真剣な顔でしゃべってたから。」 「じゃあビー部も今年はいけそうなのかもね。」 「応援どうする?」 「日程とかどうなんだろうね。サッカーみたいに遅いのかな?」 「考えてみたら、私らあんなに毎日ゴールドとバカ話してたのに、肝心な大会の話、何にも知らないよね。」 私は頷いた。ほんとだ。3年間同じクラスで、口を開けばケンカばかりだったし、ゴールドはいつだって大口を開けて笑っているゴールドだったから。真剣な顔をするところなんか見たことがなかったし、そのゴールドが毎日頑張っている(勉強よりは確実に)ビー部のことを真面目に聞いたこともなかった。 一体私にとってあいつは何なんだろう。誰よりも話してる気がするけれど、大切なことは何も知らないなんて。
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