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04.10月
10月は学校が青南祭一色になることを知った。
おまけに結構みんな中学生の時から青南祭に遊びに来ていることがわかって驚いた。友香、まゆみ、梨奈の3人組との帰り道、
「えー、ブルー、あんた中学ん時、青南祭来なかったの?」
梨奈が、トレードマークの大きな目を更に大きくして驚く。
「うん、てか、みんな来てたの?何しに?」
「私は学校見学も兼ねて。」
友香が、ブドウのグミを口に放り込みながら言う。それちょーだい、と梨奈が手を出す。
「私はまゆみのお姉ちゃんに誘われて。」
「そうか、お姉ちゃん、青南だったんだっけ?」
「うん、2年前に卒業して今は花の大学生。」
「花のって、それ死語?」
友香が口をもぐもぐしながらも厳しくつっこむ。
「いやあ、でも女子大生なんて憧れる響きだし。」
とうっとりしているのは梨奈。
「お姉ちゃんの時から、毎年すごい手の込んだ映画が上映されてて、結構盛り上がるんだよね。」
「そうそう、あの時の二年生の青南大賞取ったあれ、何だっけ?」
「確か『怨』とかいう恋愛ホラーじゃなかった?」
「そうだ、そう。童謡の“赤い靴”がモチーフになってやつ。横浜ロケとかして気合入ってたよね。」
「で、お姉ちゃん情報だったんだけど、その時の主演男子と女子って、映画の後本当にカップルになったらしいよ。」
「えっ、そうだったんだ。」
まゆみと友香が盛り上がる横で、
「うわあ、良いなあ。」
恋愛至上主義の梨奈が目をハートにしている。
「へえ、じゃあうちらも映画やるのかな?」
と訊いてみると、
「ブルー、あんた、本当に何も知らないのね。」
3人同時に溜息をつかれた。
「へ?何なに?」
「だから、伝統的に1年は劇、2年は映画、3年はカフェって住み分けてるんだって。」
まゆみが首をふりふり言う。
「そうなのか…じゃあ私たちは劇なんだね。一体何やるんだろう?」
そんなのどかな会話を交わしていた放課後から3日後、
「じゃあヘレン役は紺野さんってことで良いですね?」
クラス委員の岡部くんが言っている。何でこんな展開に…と思っているうちに、私は「真夏の夜」の4人いる主役の一人になってしまっていた。中学時代は卓球部の傍ら演劇部の助っ人も時々こなしてはいたし、お芝居は大好きだけれど、演劇部員たちを差し置いて果たして良いんだろうか。
「あの演劇部のプロにお願いしたほうが良いんじゃないですか。」
と言ってみたのだが、自身も演劇部員である岡部君から「俺らは演出に専念するから」と力強く言われてしまった。そうして始まった放課後の練習中、
「違う、違う紺野さん、そこはもっとしっとり。そんな火曜サスペンスみたいな感じじゃなくて。」
火曜サスペンス?どういう意味なんだろうと思いつつ、演技をやり直す。ここはデメトリアスに駆け寄って抱きしめる、という場面。照れるなと言われても無理筋なこの場面。なぜかドタドタ走りになってしまう。そんな走り方したことないのに。しかも、
「うっひゃっひゃ。」
ゴールドの馬鹿笑いが響く。ちきしょう、あいつはいち早く「俺、大道具と買い出しね。」と抜け出し、高見の見物を決め込んだ。見るな、というのにいちいち練習に顔を出す。
「はい、紺野さん、集中して。ゴールド、邪魔しないで。」
真面目な岡部君から怒られ、一瞬ゴールドは静かになる。まずい、まずい。きっと同じくらい気まずいデメトリアス君に申し訳ない。さっさっと終わらせよう。私はそっと走り出した。
青南祭当日、3人組に人生初のメイクをしてもらい(ブルー、目が細いから案外化粧映えする、とプラスなんだかマイナスなんだかわからないお言葉を頂き)、トイレを済ませて(お姉ちゃんは行きすぎだよね、緊張しいなの?とまりの声が脳内に響き)、そっと客席をうかがうとパパ、ママ、まりが来ているのが見えた。満員だ。その時一瞬客席が(の女子が)ざわめき、何だろうと思って入り口の方を見ると、ものすごく背の高いシルエットが見えた。後ろからくっついて同じように客席を見ていた梨奈がわめく。
「ナイトじゃん、あれ」
それに反応して、舞台袖から友香、まゆみ、他の女子たちもどんどん顔をのぞかせる。
「うー、なんでシルエットだけでもあんなにカッコ良いんだろうね。」
「9頭身、いや10頭身?」
「あの足の長さはもはや国宝級。」
「でも、何でナイトが来てんの?」
寄ってたかって騒ぐさわぐ。
「しーっ、みんな戻って、始まるよ。」
岡部君に怒られて渋々皆中に戻った。
カーテンの中に入る。そこにはゴールドが満面笑みを浮かべて立っていた。
「何よ?」
「お前がとちることに1000円賭けてんの、俺。」
「バッカじゃないの?失礼な。誰と賭けてんのよ。」
「ビー部のやつらと。」
「じゃあ耳をかっぽじってよく聞いときな。私は絶対にとちらないから。」
ゴールドのニヤケ面のせいで、ナイトを見たことが吹っ飛んだ。
ところが、最初の場面。私が手を握りしめて独白する部分、頭の中には何一つ浮かんでこなかった。照明がまぶしい。セリフが浮かばない。私はたっぷり20秒ステージの真ん中で突っ立っていた。
「あらどうしましょ、何だっけ、台詞、ゴールドに1000円儲けさせるのかわたし。」
とぐるぐる頭の中で繰り返していた。そうして、でも本当に不思議なことに第一声目がすっと出てきた。手を一層硬く組み合わせ、私は言った。
「愛しいデメトリアス、どうして私を見てくれないの?」
その先はつまったことなんか嘘みたいに、すらすら出てきた。中盤の抱擁シーンも、後で岡部くんが絶賛してくれたように「実にしっとり」出来た。何度も注意された両手も、ちゃんとデメトリアス君の背中を抱きしめた。練習ではどうしても、ぶらんと両脇に落ちてしまっていたのだ。だって照れくさくて。こうして私たちの「真夏の夜の夢」はまずまずの出来で終わった。カーテンコールでは拍手喝采を浴びた。パパとママとまりの誇らしげな顔が見えた。嬉しかった。高校生になった充実感が込み上げてきた。
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