黒の覚悟

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黒の覚悟

 春樹は漆黒の闇をめがけて、坂道を全速力で走り始める。  この坂を下って、橋を渡ったところに霧のように流れていく黒の世界が見えてきた。 「もうすぐだ」  春樹は頭を前のめりにして、立ち漕ぎになって、下り坂を疾走する。途中にある小石を左右にハンドルを切って避けながら、走り抜ける。    橋を渡る瞬間にブレーキもかけずに思い切りハンドルを右に切った。  次の瞬間、春樹は宙を舞っていた。 自転車ごと橋の欄干(こうらん)に激突し、ごろごろと転げまわる。    朦朧(もうろう)として目が(かす)む中、黒の世界が遠のいていく。  手を伸ばしても、それは届かず、目の前がただ赤く染まっていくだけ。  ……春樹?……  かすかに聞こえる音の幻想 「ごめん……間に合わなかった」  春樹は地面を叩いた。頭の中で走馬灯のように、秋菜の面影が繰り返される。  ……春樹……  ――秋菜、やっぱり君と一緒にいたかった―― 「春樹!」  はっきりと耳に届く声。春樹は目の前を覆い隠す血を腕で拭い、橋の向こう側に目を凝らした。  (おぼろ)げに小さく見える人の影。たしかに見覚えのある女の子と犬の走る姿。 「秋菜!」  春樹は欄干(こうらん)に両手をかけると起き上がり、感覚のない足を無視して、引きずりながら、歩き出した。  ――足を運ぶ度にはっきりと見えてくる秋菜の息を切らす顔――  ――幻想じゃない、たしかにそこに彼女はいる―― 「春樹!」  「秋菜!」  大きな夕陽が地平線に沈む中、赤銅色に染まる空を仰ぎながら、二人を橋の上で力強く抱き締め合った。  秋菜の溢れんばかりにこぼれ落ちる涙が、春樹から流れる赤い血を(にじ)ませた。
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