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黒の世界―秋菜
「こんばんは」
「あ、こんばんは」
秋菜はハルを連れて散歩に出ていたが、近隣の主婦達とすれ違った際、軽く会釈をした。
「あの子、いつもロボット犬、連れているわよね?」
「シッ、あの子……障害者だから。あの犬がついてないと、消えちゃうかもしれないのよ」
秋菜は聞き慣れた陰口を気に留めず、家路を急いだ。
次元不適合障害――黒の世界に波長がうまく合わず、存在が曖昧になってしまう疾患だ。悪化すると、身体が希薄になり、やがて消滅する。
メカトロドッグ・ハルは、常にそばにいて、波長を調整する役目を担っている。黒の世界では不適合者が多発したため、このような医療技術が発達していた。
「ただいま」
秋菜が玄関で靴を脱ぐより先に、ハルは廊下に走りこみ、尻尾を振っていた。
「おかえりなさい、外の様子はどうだった?」
「うん、いつもと変わらない。でももうすぐ、違う景色が見られるんだよね?」
「そうよ、ニュースで言っていた、青の世界と交わる時。お父さんにももうすぐ会える……」
秋菜の母親は、目に涙を浮かべ、家族の再会を心待ちにしていた。
「お父さんに会えるの楽しみ、それに……」
もう一人気にしている人がいた……春樹。
人付き合いが苦手で、いつもおどおどしていた性格の秋菜にいつも寄り添ってくれていた男の子。礼も言えず別れてしまったことを悔やんでいた。
こんな障害を持ってしまったのも、自分のはっきりしない性格が災いしているのかもしれないと考えていた。
――もし会ったら、どうしよう。どう思われているかな――
秋菜ももう17才、多感な時期になっていた。自分の胸を苦しくする想い、それを何と呼ぶのか、気づいていながらも、知らないふりをするのが精いっぱいだった。
決して交わることのできない人を想い続けて、何になるのか?
そんな気持ちがまだら模様になって、心を覆っていた。
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