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黒の希望
「秋菜!」
秋菜が家に戻ると、慌てた表情の父親が門の前で立ちすくんでいた。
「ただいま、お父さん」
父親は駆け寄ると、秋菜に抱きつき、労わるように頭を撫でた。
「元気だったか? 本当に大きくなった……もう一人前の大人だ」
そう言うと、下から眺める犬に視線をやった。
「お母さんから聞いたぞ、体のほうは大丈夫か? こんな時に外に出歩くなんて。なんかあったら、どうするんだ?」
「……ごめんなさい、どうしても行きたかったの」
「春樹くんね?」
後ろにいた母親が肩を落としながら、ため息をついた。
「……」
「それで……春樹くんには会えたの? 知ってるわよ、あなたがどれだけ彼の事を気にしていたか。犬にハルなんて名前つけるくらいだから。いいのよ、五年も会えなかったんだし、自分の事は自分で決めなさい」
「会えたけど……また会えなくなる」
「彼のことが好きなの?」
しばらく無表情のままの秋菜だったが、静かにコクリと頷いた。
母親はフーと息をつくと、頭を少し掻きながら、話しかけた。
「私もね、昔好きな人がいた時、ずっとその人の事ばかり考えていたわ。遠くにいても、今何しているんだろう? 元気かな? ってね。離れていても気持ちが変わる事はなかったわ。……そして今もね」
そう言うと、母親は父親に目を向け、ウインクした。
父親は「えっ? 俺の事?」とキョトンとしていたが、しばらくすると顔を真っ赤に染めた。
「春樹くんに伝えたい気持ちがあるなら、勇気を持って、ちゃんと言いなさい。時間もないし、悔いのない生き方をしてくれる方が、お母さんは嬉しいわ」
「ありがとう、お母さん」
秋菜が大粒の涙をぼたぼたと流すと、ハルの上に落ち、ポン、ポンという音を立てた。
――クウーン――
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