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五年後、綴は就職し会社に入った。 もちろん小説は書き続けている。
「あー、疲れた。 集中し過ぎたな。 今は何時だ・・・?」
仕事を一段落し、時計を見ると13時半を過ぎていた。
―――彩未でも誘うか。
綴は席を立ち、今はもう彼女ではなくなった彩未のもとへと向かった。
「彩未。 昼食がてら休憩にしないか?」
「そうね。 ずっと絵を描いていたからもう手が痛い。 でも綴、これを見て!」
彩未は笑顔で何十枚もの絵を見せてくる。
「え、凄ッ!?」
「最終話まで全て描き切った。 まだラフ画の状態だけどね」
「いや十分だよ。 彩未は仕事が早いな」
彩未は五年前の事故で、ほぼ蘇生不可能な状態から奇跡的に手術が成功し一命を取り戻した。 もちろん、それが何故かということを綴と天那だけは知っている。
今は元気に綴と一緒にアニメ制作会社で働いていた。
「それにしても不思議ねー。 本当に五年後、まだ私たちは付き合っていて同じところで働けるなんて。 思ってもみなかった」
飲食店に着いた二人は席に着く。
「いや、五年前に俺がそう教えたじゃんか。 信じていなかったのか?」
彩未が意識を取り戻し退院した頃、綴は彩未に自分たちの将来のことを話していた。
「私が退院してようやく落ち着いた時に『俺たちは五年後も一緒にいられる。 俺がアニメの脚本を書いて、彩未がキャラクターのイラストを描くんだ』って突然言われて、誰が信じると思う?」
「だからそれは」
「何の根拠もなしに」
「・・・確かに根拠は何もないけど『シエルがそう教えにきてくれた』って言っただろ」
彩未は溜め息交じりで呟きながらメニューを見る。
「それも信じられないんだよねー。 綴が考えて私が描いたキャラクターが、五年後のアニメの世界から来るなんて。 普通は有り得ないことでしょ?」
「でもそれがもう実現するんだよ。 アニメの放送は既に始まっているし、最終話までほぼ完成しているんだ。 ちゃんとアニメは最後まで放送される」
「まぁ、確かに綴が言った通りだったね。 私も会ってみたかったなぁ、シエルに」
「・・・」
確かに彩未にも会わせたかった。 何度か呼び戻そうと試みたが、全く不可能だったのだ。
「そう言えば、イフの話も書いたって言っていたよね?」
「あ、あぁ」
「それはどうする? 流石に最終話の後に付けるのはおかしいから放送はできないけど、ネット配信くらいだったらできると思うよ」
「そうだな・・・」
綴は五年前シエルと出会った時のことを思い出していた。 シエルが帰り際に言っていた言葉を思い出す。
「・・・いや、イフの話はアニメ化にしなくてもいいや」
「え、いいの? 折角みんなが幸せになる話を書いたのに」
「あぁ、いいんだよ。 ・・・シエルの本当の人生は、この本編なんだ。 だから変える必要はない」
そう言って彩未が描いたイラストを見つめた。 そこにはクトリと並んで笑う水色の髪のシエルが描かれている。
―――・・・そうだろ?
―――シエル。
-END-
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