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「ねぇ綴、聞いてる? 固まってどうしたの?」
シエルが軽く揺さぶってくるが、今はこの気付きの方が重要だった。
―――・・・この絵は、間違いない。
―――彩未が描いたものだ。
それは以前シエルの小説を読み、デザインを考えた時に描いてくれたもの。 だが今のシエルとは髪色が違い、これは赤い髪で描かれている。
これは綴が最初設定した髪色なのだが、シエルという名前と性格から考え『商業作品になった時は水色にしよう』と彩未と話したことがあるのだ。
そして『五年後からやってきた』と言ったシエルの髪は青色。 つまり五年後、彩未がデザインした通りの姿をシエルはしている。
「シエル、書いてやるよ。 イフの話でよければ」
「え、書くって・・・」
「シエルの幼馴染、クトリが生きている世界の話をだよ」
「え、あ、そりゃあ嬉しいけど、でも・・・」
だがそれはあくまで確定的なことではない。 ただの偶然の可能性もあるし、綴がそう直しただけなのかもしれない。
それでも分かることは、現在の作品を変えればシエルに影響が出る可能性が高いということだ。
「もしその世界の方がいいなら、そっちで生きな」
「どうして急に書いてくれるようになったの? 僕の未来は変えられても、綴の未来は既に決まっていて、変えられないんだよね?」
「・・・シエルが持ってきたそのイラストは、彩未が描いたものなんだ」
「え・・・」
そこでシエルも悟ったようだ。
「イラストの描き方がお前と同じなんだろ? つまり彩未はこの後意識が戻って、無事に退院して、五年後は俺と一緒に仕事をしているということ。
彩未は無事だし、五年後も一緒にいられることが分かった。 もう俺たちの未来は安泰だ。 だから、お前の未来も明るいものにしてやる」
そう言うとシエルは目を潤ませた。
「ッ、綴ありがとう!」
「早速家へ帰ろう」
綴が立ち上がると天那に止められた。
「え、綴くん待って、一体どういうこと?」
「彩未は無事に手術を終えて、意識を取り戻すということさ」
「本当に? どうして分かるの?」
「ごめん、ちょっと急いでいるんだ。 俺の考えが正しければすぐに戻ってくるから、待っていてほしい」
「・・・分かった」
腑に落ちない表情をしているが天那は頷いた。 綴とシエルは家へと戻りパソコンに向かう。 道中、この後どうするのかをシエルに説明した。
「早速イフの話を書くか。 シエルはどうする? もう元の世界へ帰るか?」
「うん。 病院へ戻って、それで、僕は帰るよ」
「分かった」
早速綴はストーリーを打ち始めた。 しばらくするとシエルが静かに話し始める。
「・・・ねぇ綴。 書きながらでいいから、僕の話を聞いてくれる?」
「・・・あぁ」
同時作業だとあまり集中はできないが、それでもシエルの言葉に耳を傾ける。
「やっぱり僕、イフじゃなくて本当の世界へ戻るよ」
「ッ・・・」
その言葉を聞いて打っている手が止まった。
「あ、でもイフの話は最後まで書いて! 別の世界の僕には、幸せでいてほしいから」
「だけど、それだと・・・」
「大丈夫。 彩未さんは何とかする。 ご都合主義、っていうのになっちゃうかもしれないけど、僕が勝手に未来を変えられないように回数制限を付けてくれたらいいよ」
「・・・本当にそれでいいのか?」
「・・・僕ね、綴のいるこの世界へ来て、本当の人生のストーリーというものを学んだんだ。 決まってしまった未来はもう変えられない、って。
僕がここでイフの世界へ行ったり都合よく未来を変えたら、綴から学んだ意味がなくなっちゃう。 だから僕は、一度切りの自分の本当の人生へ戻る」
その言葉と同時に、背後から強い光が生じた。 半信半疑ではあったが、今書いたイフの内容が反映されたのだ。
二人は急いで病院へ戻り、シエルは病室の外から、綴が先程イフの話で書き足したばかりの一度限りの回復魔法を使った。
「え、何、これって・・・」
それに大層天那は驚いていたが、今は説明することよりも優先することがあった。 シエルの魔法がどう作用したのか室内の様子は分からないが、想定通りならこれで快復に向かうはずだ。
シエルは事を終えると、綴に笑顔を向けた。
「綴、ありがとう。 本当の人生のストーリーというものを教えてくれて。 綴と出会えてよかったよ」
薄っすらとシエルの姿が透けていき、そして瞬きした瞬間に彼の姿は消えていた。 正直、面倒な奴だとずっと思っていたがいなくなると途端に寂しさが込み上げる。
―――礼を言うのは俺の方だ。
―――お前を生み出したことを心の底からよかったと思ってる。
―――それに普通に生きていれば不可能な体験もさせてくれた。
―――これから作品を作る上で、参考にするよ。
綴はこの後もイフの話を書き続け“もしクトリをシエルが救うことができたなら”という話を完結まで書き上げた。
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