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三日前に遡り、これはシエルが初めて現れた日のことだ。 綴はいつも通り大学が終わると、そのまま帰宅した。
「ただいま」
そう、その時は本当に返事など一切期待しておらず、ただ実家でしていたように習慣的に口にしただけだった。 そのため予想外の返事には心底驚いたものだ。
「あ、綴おかえり!」
―――誰ッ!?
不審者だと思い身構えた。 下駄箱に立てかけていた靴ベラを持ち構えてみる。 だが相手は一向に現れない。
口調から察するに危険な雰囲気ではないが、知らない誰かが自分の城に入り込んでいるというだけで気持ち悪い。
警察に連絡することも考えたが、もしかしたら知り合いの可能性もあるかもしれないと思い、警戒しつつ恐る恐る中へ入った。 するとパソコンに向かっている一人の少年を見つけたのだ。
「え、え、マジで誰? とにかくこれは不法侵入だから、警察に通報しないと・・・」
全く面識のない相手に携帯を取り出そうとしたところ、少年は慌てた様子で振り返る。
「あ、あ、待って! 通報はしないで!」
「・・・君、誰? どうして俺の名前を知ってんの?」
「綴なら、僕の顔を見ただけで分かるんじゃない?」
「いや、俺には外国の友達なんていな――――」
派手な水色の髪。 それに目の色が左右違うことや、今着ているローブを見て綴は悟った。 確かに初対面だが確かにこの容姿には何となく見覚えがある。 ただし実写ではないのだが。
「・・・え、もしかしてシエル?」
「そう! 正解!」
シエルは綴がオリジナル小説で書いた主人公の登場人物だ。 綴が思い描いた通りの姿がそこにある。
「どうしてここへ? どこから来たんだ?」
「スルース国からだよ?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
スルース国も小説で書いたシエルの産まれ育った場所だ。 するとシエルは少し考えてから言う。
「あ! 多分、未来から来た! 僕の世界は今2025年だけど、この世界は2020年みたいだし!」
「確かに年代は俺たちに合わせたけど・・・」
シエルが言うには、五年後にシエル主人公の作品がアニメ化されるらしい。 五年後にアニメ化されると聞いて嬉しいが、今の状況は素直に喜べなかった。
「本当にアニメの世界から来たのか? お前の今の姿、ちゃんとした人間じゃないか。 アニメの世界なんて所詮紙だぞ?」
「そんなの僕が知ったこっちゃないよ。 紙だったらペラペラだし、この世界で生存できないから人間の姿になったんじゃない?」
「ただのコスプレイヤーではないだろうな? にしては作りがリアル過ぎるけど・・・」
「コス・・・? 何それ? よく分からないけど、この世界でも魔法は使えるみたいだよ! 力はかなり弱いけどね」
そう言ってシエルは物を動かしたり風を吹かせたりしてみせた。 どうやら信じがたいことに、魔法のような力を扱えるようで、力は弱いが綴るが設定したキャラクターの特性とほぼ一致する。
「どう? 信じてくれた?」
「いや、信じるも何も・・・。 あ、そうだ! 彩未は?」
「ん?」
「俺には今、イラストレーター志望の彼女がいるんだ。 お前を描いた人って“彩未”っていう名前じゃなかったか? 彩未が彼女なんだ」
「あー、ごめん。 そこまでは分からないや」
「そっか・・・」
綴は将来、彼女と一緒に仕事ができたらいいなと夢見ていたのだ。 綴が書いた小説の絵を彩未が書いてくれる、というのが夢だ。
今目の前にいるシエルは、彩未に依頼した通りの見た目をしているため期待が膨らんでいた。
「・・・で? お前がここへ来た理由は?」
「それもよく分からないけど、おそらく僕が願ったからだと思う。 幼馴染のクトリが生き返ってほしい、生きててほしいって願っていたらいつの間にかここにいた!」
「は?」
シエルはパソコンを指差した。
「綴がいない間、あの謎のアイテムを色々と見ていたんだ。 そしたら僕の人生がそのままそこに記されていてさ。 それに適当にボタンを押したら書き直せちゃうし。
だから綴が、僕のストーリーを書いたストーリーテラーなのかなーって思ったんだ」
シエルの世界にパソコンはない。 機械と全く無縁というわけではないが、現代からすればかなり文明に差があった。 それでも何となく分かったのは、パソコンに原稿をそのままにしていたためだろう。
「なるほどな。 で、お前はどうやったら元の世界へ戻れるんだ?」
「さぁ? 願いを叶えてくれたら戻れるんじゃない?」
「シエルの望みは?」
「僕の未来を変えてほしい! クトリが死なないような世界にしてほしい!」
キラキラと目を輝かせながら言うシエルに、綴は溜め息交じりで答える。
「それは無理だ。 お前の話は既に完結していて、もう半年も過ぎている。 今更変えるなんてそんなことはできない」
「綴が『変える』って言うまで、僕はここにいるから!」
そうして追い出すわけにもいかず、シエルはここに居座り始めたのだ。
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