君が望むストーリー

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シエルは複雑な表情を浮かべていた。 綴自身、書いている話の登場人物が可哀想だと思うこともある。 だがそれは通常の人生も同じだと考えていた。 「人生っていうのにはな、波があるんだよ」 「波?」 「あぁ。 いいことも悪いことも、そしてまるで空気のように平凡な時間も。 全てが混じり構成されている。 頻繁に事件は起こらない」 そう言うとシエルは口を尖らせる。 「頻繁に起こらないなら、僕のストーリーも平凡なものにしてくれていいじゃん。 その方がリアリティあるし」 綴は首を振る。  「シエルは俺が書いた物語の中の登場人物だ。 ストーリーを書く時は、主人公が産まれた時からのことなんて書かない」 「絶対?」 「いや、中にはもちろん書く人はいるぞ。 作者にとって、その産まれる場面が重要だった場合は」 「あー、確かに僕、産まれた時のことは全然憶えていないや・・・」 「シエルみたいな特別でない普通の一般人の場合、幼少期は平和過ぎて面白味がないんだよ」 「じゃあ幼少期以外は全て書いてくれているの?」 「いや? お前の人生の波がある部分だけをピックアップして、物語を繋げているんだ。 そしたら読んでいる人も飽きないだろ?」 シエルは考えた後に言った。 「僕のストーリーは、この世界の娯楽のために生まれたって言ったよね? だったらラストを悲しくさせる必要がある?」 「どういう意味だ?」 「みんな幸せでハッピーエンドの方が、読んでいる人は絶対にいい気分になるじゃん! なのにどうしてその反対を書いて、僕を苦しめたのさ」 「そりゃあ、誰かを苦しめないと面白くないだろ」 その言葉にシエルは一瞬言葉を失った。  「ッ、はぁ!? え、綴、それ正気? 正気で言っているなら、一度頭を検査してもらった方がいいよ・・・」 「どうしてだよ。 そう思っているのは俺だけではないぞ」 「たくさんの人が綴と同じ意見っていうこと?」 「全ての作家が俺と同じ意見というわけではない。 もちろん色々な考えを持つ作家はたくさんいる。 だけど大抵は俺と同じ意見の人が多いんじゃないか?」 「どうして?」 「誰かが苦しむような展開にした方が、ストーリーを面白くすることができるから」 「・・・」 完全にシエルは言葉を失っていた。 浮き沈みを纏め上げ話を作り出すことが自分の役割だ。 ただ日常を並べているのは日記にしかならない。  シエルが苦しんでも喜んでも面白くするのが綴の腕の見せ所。 だがそれを本人に理解させるのは難しい。 もし自分が物語の登場人物であるなら、やはり理不尽に苦しめられるのは辛いだろう。 「・・・他にも理由があるとすると、作品のラストがいい状態で終わったり悪い状態で終わったりするのは、現実であるこの世界と同じことだからかな」 「まぁ確かに、現実世界ではそうかもね」 「だろ? 上手くいくこともあれば悪く終わることもある。 それを読者に伝えたいんだよ。 だから終わり方なんて作品によって違うし、様々だ」 「・・・そっか」 シエルはいじけたように俯いて足をぶらぶらさせている。 綴は遠くを見据えて言った。 「俺はさ、綺麗に終わる物語を目指しているんだ。 だけど中には中途半端に終わってしまった作品もある」 「僕のストーリーは中途半端だった?」 「いや? 読者の意見がどうであれ、俺は綺麗に纏まったと思っているよ」 「・・・そう」 「お前の作品は全力で最後まで書ききった。 それだけで許してくれ」 「未完成の作品もあるの?」 「もちろんあるさ。 俺もあるし、他の作家にも未完成で終わった作品はたくさんある」 「どうして、最後まで書ききらなかったの?」 その言葉に綴は顔をシエルから逸らす。 「・・・どうも、いい終わりが思い付かなかったんだよ」 「・・・」 「でもちゃんと、一つ一つの作品に向き合ってはいるから」 「分かった」 「今の俺の日常は平凡だけど、いつ波がくるのかは分からない。 一週間後かもしれないし、明日、もしかしたら一時間後にくるのかもしれない」 「・・・」 綴は溜め息をついて空を見上げた。
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