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山の番人
朝陽が深い山々の稜線を鮮やかな茜色に染めていた。
昨日の嵐が嘘のような、風一つない穏やかな初夏の朝ーー
昨日の宿泊予定はすべてキャンセルになり、普段は早朝から賑わう山小屋も、今朝はとても静かだ。数週間前に父から届いてそのまま放置していた手紙を荷物の中から見付け、目を通していると、
「えっと・・・何、何?」
「こら!絢也!人の手紙勝手に見るな!」
ふわりと便箋が宙に舞い、この時期だけアルバイトを頼んでいる絢也が、どさっと隣に腰を下ろしてきた。
「翔さんのお父さんって、もしかして・・・衆議院議員の槙芳樹さん?」
「言ってなかったっけ」
「全然聞いていないです」
「そう、ごめん」
絢也から手紙を取り返そうとしたら、声に出して読み始めた。
「絢也、声が大きい。もう少し低い声で、頼むから」
「山を下りて、一樹の公設秘書となり、選挙を共に闘って欲しい・・・・翔さんいなかったら、この山小屋、誰が守るんですか?」
「そうだな、大丈夫、断るから」
「なら良かった。忙しくなる前にご飯にしましょう」
「あぁ」
絢也が返してくれた手紙を繰り返し読んだ。
父が病気を理由に政界を引退し、兄が代わりに衆議院総選挙に出馬する事になった。
今まで父の公設秘書をしていた鏡。今度は、兄の政策秘書に就任したと書かれてあった。
彼を好きだからこそ、こうやってわざと距離を置いているのに。
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