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第15話 信じていたのに……
憧れの人がいた。
私が冒険者になるって決めた日から。
住んでいる【マルラーク】村にもその噂が流れてきた。
「何かトリス村から三人も【天職】が生まれたらしい」
「一気に三人かよ……やばいな」
「勇者様に気に入られて王国にも招聘されるらしい、もう未来は安泰だな」
「サーニャも頑張れよ! 俺達はお前に期待してるからな!」
「嫌になったら帰ってきていいからね……」
儀式を受けてスキルを貰った後。
私の日常は変化する。【炎の剣士】は炎に選ばれ、光栄なスキルだと思った。
この村は貧乏。だから、冒険者として稼いで生活を楽にしたい。
【天職】は勇者とかみたいに、女神に選ばれた者が授かるという。
でも、私だって負けてない。
いつか、王国に誘われて憧れのニーナさんと一緒に……。
「よし、いい感じだな!」
夢を見ているのかな。私はニーナさんと修行をしている。
ここはサタン火山の中腹部。依頼品は既に集めている。
だけど、ニーナさんと私は剣を振るっている。
力と力のぶつかり合い。隙が全く見えない。
流石ですよ。二刀流で強いと思った私。炎を上手く使ってニーナさんの隙を狙う。
「ありがとうございます! ですけど、ニーナさんの力が強過ぎて押し切られてしまうんですよ!」
「あっははは! まぁ、それは仕方ねえな! 選ばれた奴の力ってことだ」
頭で考える体で覚える。
この点はどちらも同じだった。
私はニーナさんと剣を交えて理解した。まだ自分の力は未熟。
ニーナさんと運命的な出会いをしてなかったら。
冒険者として大成しなかった。それぐらいに私にとって分岐点かもしれない。
「ふぅ、この辺で少し休憩しようぜ! 腹が減っては戦は出来ない……って誰かが言っていただろ?」
「あ、はいっ! 分かりました!」
やっぱりカッコいいなぁ。それで美しい。にししし! ロークの奴も来ればよかったのに。まぁ、でも次会う時は強くなって驚かしてやろう。
私とニーナさんは休憩をすることにした。
作ってきてくれたのは、パンに野菜を挟んだもの。食欲が進むぜ。
食感が堪らなく、即興で作成したものの割にとても美味しかった。
「美味いな!」
「はいっ! わざわざありがとうございます!」
「いやいや、可愛い弟子の為だ……このぐらいは当たり前だ」
優しい。ニーナさんは私の隣で立膝を着きながら。
豪快な食事姿も美しい。やっぱり、ニーナさんのようになりたい。
村から出て、セルラルに到着した時。
私は伸び悩んでいた。冒険者自体が少ない街だったのもあるけど。
ギルド協会に集まる人らは、自分よりも格上。
経験はもちろん足りなかった。だけど、私が一緒のパーティに入ることは許されなかった。
「わりーな! サーニャちゃんには悪いけど責任がもてないぜ」
「流石に、新入りの冒険者と戦う様な真似は出来ない」
「可愛い顔してるんだから、冒険者なんてやめといた方がいいんじゃないか?」
自分では気が付いていなかった。
私は周りから見たら容姿は整っているらしい。
だけど、そんなことどうでもいい。
私は、自分の力を高めていきたい。でも、一人では困難だった。
「どうした? あまり美味くなかったか?」
「いえ、そんなことはないです」
「……何か悩み事があるなら聞いてやるぞ?」
ニーナさんは私を心配してくれているのか。
肩に手を置いてくる。強気だけど穏やかな雰囲気。
そう、ニーナさんだったら。私を導いてくれる。
馬鹿で要領の悪い私でも強くなれる。
「大したことではないんですけど、ニーナさんは強いなーって」
「何だよ、照れるな!」
「私って馬鹿であまり要領が良くないんですよね! だから、強くなろうとしても……やる気が空回りしちゃうことがありまして」
「なんだよー! そんなことかよ! 本当に大したことねえな! うーん……そうだな?」
ニーナさんは立ち上がる。
そして、私は急に体を持ち上げられる。
な、何!? ふわっとした感覚。急に何が起こったのか。理解が出来ない。
私がニーナさんに抱きしめられてる? ふわぁ……やばい、感動してます。
ムニュっとした感触。うへ……これは大変なことですよ。
私は、体を拘束されてニーナさんは耳元で話しかけてくる。
「そういう時は、愛を体と心で感じればいいんだぜ?」
「そ、そういうもんなんですか?」
「おう! 愛は裏切らないし、たまに力の最大を超える」
そ、そうなのか!? 確かに、それは言えてる。
私もニーナさんの為なら……あれれ? ちょっと苦しくなってきたかな。
「とにかく、私がお前を強くしてやる! 色々な面でな」
「はぃ、ですけどニーナさん! 少し力が強いです」
「遠慮すんな! もうすぐ……楽になる」
「それってどういう? あ、がぁぁぁ! に、ニーナさん……」
あ、あれ? 何で……。駄目、離れられない。
ミシミシと背中から骨の音が聞こえてくる。
ホールドされており、抜け出せない。
どんなに力を込めても無駄。全く警戒してなかったのもある。
だけど、目の前で起こっていること。それが、理解が出来なかった私。
――――このままじゃ、意識が。
最後に聞こえた言葉。それは、とても冷酷で低い声だった。
「だけどな、愛じゃ強大な力には敵わないぜ?」
その瞬間。私の視界が真っ暗となった。
「あう……ん?」
体中が痛い。私はどうなったんだろう。
いってーな! ニーナさんに何かされたことは覚えているけど。
自分の状態を確認する。あれ? 剣がない。それに両腕を縛られている。
強固な紐だから簡単には解けない。何だってんだよ……。
薄暗い洞窟か? 微かに入り口が遠くに見える。
サタン火山のどの辺なのか。どうしてこうなっているのか。
説明が欲しい。そうだ! ニーナさんはどうしたんだよ!
まさか、襲われた? それとももっと大変なことに……。
「よぉ! 起きたか!」
松明を持っているニーナさんが現れる。よ、よかったぁ。
はぁ、どうなることかと思いましたよ。
私は安心してニーナさんに助けを求める。
きっと、自分のことを救いに来てくれた。そう思っていた。
「に、ニーナさん! 助けに来てくれたんですね! 何か、紐で縛られていて動けなくて……にししし! すみません」
「あぁ、それは大変だな!」
「えぇ、だからこの紐を解いて……」
「悪いな、それは出来ないぜ!」
え……どうして? 私は自分の身に起こったこと。
強烈な痛みが腹に感じた。呼吸も困難なぐらい。
それは膝蹴りだった。思わず食べてたものを吐くところだった。
地面に叩きつけられ、私は芋虫みたいに蹲る。
がっは! いぎぐるじぃ、まともに声も出せない。
咽て涙を少し流しながら。私はニーナさんの方を見る。
「これだけは言っておくけどさ……あんまり人って奴を信用したら痛い目に合うぜ?」
「ど、どういうことですか?」
「あぁん? やっぱり馬鹿何だな! お前さ」
「うぐ、そ、それって」
「だから、いい加減に気が付けよ」
ニーナさんは私の髪を掴む。
痛いと叫んでも誰も助けに来てくれない。
洞窟で声がかき消される。
あっれ? なんで……ニーナさん? 私は夢でも見てるのか?
顔を地面に押し付けられる。
拒否してもニーナさんはさらに激しくしてくる。
「本当は私から誘おうと思ったんだけどよぉ……そっちから来てくれたのは助かったぜ」
「じゃ、じゃあ……」
「鈍いな? 私はお前を教えるために近付いていたんじゃねえよ! お前を……トウヤの所に差し出すためなんだよ」
「ど、どういうこと」
「まぁ、口で説明するより体で覚えさせといた方がいいな、おら!」
足で何度も踏みつけられる。
トウヤという名前に私は聞き覚えがあった。
確かだけど勇者の名前である。ブーツで顔を汚される。
頬が泥だらけとなり、私はニーナさんの顔を見上げる。
やめろ。こんなの……やっては。
「まぁ、考えてみろよ? 私達と一緒に来れば……生活も楽になるんだぜ? それに、お前が望んでいる強さも簡単に手に入る! 村の奴らにも恩返しが出来るだろう」
「うぐ!」
「トウヤにも愛されて、勇者に助けて貰える……地味な日々が輝くぜ?」
私はそのニーナさんの発言で。勇者との関係性を察する。
同じ女だから分かった。女の勘ってやつかよこれが。
村に出る前にママに教えて貰った。
はやくいい人を見つけて村に帰ってこいと。その条件は人によって違う。
だけど、女性を利用して簡単に裏切るような人。
ニーナさんも、もしかすると騙されているかも。
でも、その私の幻想はすぐに打ち破られる。
「何も答えないのかよ、はぁ! こんな奴……トウヤに言われなければすぐに殺すのに」
「がっは! やめて、正気に戻って下さい!」
「指図するんじゃねえよ!」
今度は顔を殴られる。
鼻が折れて、鼻から血が出てくる。
正気に戻ってという言葉。
それはニーナさんにとって痛恨の一撃だったらしい。
目尻を立てながら、怒りを拳に込めている。
その力が私の鼻に炸裂する。くっそ……こんなのないよ。
「私のことを慕っているなら……余計なことは言うなよ? 今度は本気で殺すつもりでいくぞ?」
鼻を片手で隠しながら。体の震えが止まらない。
駄目だ、殺される! この洞窟じゃ助けを呼んでも意味がない。
血がポタポタと流れ落ちていく。
痛みと恐怖によって押し潰される。声を出したくても出せない。
少しでも余計なことをしたら殺される。
――――どうすりゃいいんだ。
「……そうだ! まずは、やっぱり教育が必要だよなぁ?」
「教育?」
「あっははは! おい、もういいぜ! しばらくは好きにしていいぞ」
好きにしていい。私は怖くて動けなかった。
その言葉はこれから行われる最悪の行為。
両膝の震えが止まらない。
奥から登場したのは汚らしい男達。甲冑を着ており、王国の戦士だろうか。
しかし、私よりも遥かに年齢が高いと思う。
全員、笑ってやがる。これが何を意味するのか。
「おーう! いい女じゃねえか!」
「ひゃはー! 日頃の鬱憤を晴らすのに最適だな」
「ニーナ……本当に好きにしていいんだよなぁ?」
「もちろんだぜ! でも、あまり痛みつけるなよ? 使い物にならなくなったら困るからな……後は好きに犯して貰って構わないぜ!」
「「「はい!」」」
嘘だろ、嘘だと言ってくださいよ。
男どもは私に近寄って来る。
どうやら、こいつらは王国の騎士らしい。
鉄の甲冑を身に纏って、魔物と戦う正義の味方。
だけど実態は大きく違った。
「若い女は久しぶりだな!」
「あぁ、しかもなかなかの上玉だぜ?」
「可哀想に酷く怯えているな……すぐに忘れさせてやる」
「ニーナさん! こんなの……お願いですから、やめて下さい」
武器もない。だから自身の力だけではどうにも出来ない。
誰も助けに来ない。私は、泣き崩れた。
そして、さらに私を絶望させる提案が出されてしまう。
「ローク」
「……ひぃ」
「お前も知ってるだろ? こいつをどうにかしたら、見逃してやってもいいぜ?」
「ろ、ロークって」
私は知っている。あの街で出会った奴のこと。
同じ冒険者を目指している同年齢。
でも、何で名前が出てくるんだよ。あいつは関係ない。
表情が乏しくて、何を考えているのか分からなかった。
だけど、悪い奴ではない……と思う。信じられねえけど。
「こいつは、勇者に逆らって街からも王国からも殺していい奴だと認識されている……」
「逆らった? あいつが……」
「そうそう! 私も困ってんだよなぁ! だから、お前にどうにかして貰いたいんだぜ」
「ぐふ! そんなこと出来る訳」
「あぁそうか! じゃあ、ここで惨めにこいつらに犯されて、その後に目の前で私がロークを殺す! 責任は全てお前に擦り付けて!」
人の弱みに付け込んで。ニーナさんは無茶な選択肢を私にぶつけてくる。
ロークを殺すか。このまま男達に無茶苦茶にされるか。
大粒の涙を流しながら。私は、迷ってしばらく言葉が出なかった。
だが、苛立ちを隠せないニーナさん。
「おら! どうすんだよ!」
「きゃ! ぐふぅ!」
「せっかく選ばせてやっているんだ……感謝しろよ? 気付かないのか? 今のお前は、死ぬ直前の所まで来てんだよ!」
蹴られて、殴られて。私の体はボロボロになる。
ずっと憧れて、好きだった。
目指していた人だった。
それなのに、今は……。
「やり、ます」
「……もう一回、言え」
「私が、ロークを、こ、殺します、だから……助けて下さい」
「あは、あっははははは! やっぱり、そうだよなぁ! 自分が一番大切だよなぁ! おし、よく言ってくれたな! いい子だ」
頭を撫でられる。この状況で。その優しさに私は気が狂いそうになる。
汚い笑い声が洞窟に響く。ははは、すまんローク。
私の為にし、死んでくれないか? もう、耐えられないんだ。
体も心も汚されて、最低な奴だな私。
弱かったんだ。何が、炎の剣士だよ。何も出来てねえじゃん。
必死に涙を堪えながら、私の拘束は解ける。
「言っておくが、逃げたら……お前の体は吹き飛ぶぜ? そういう、魔術を使ってるからな!」
「……はい」
「武器は返してやる、どうせ、お前じゃ私には勝てないんだから」
「まぁ、精々魔物に殺されない様に頑張れ!」
フラフラとした足取りで。私はロークの元へ向かって行く。
途中で殺されないように気をつけねえとな……。
はは、どうしてこうなったんだろう。
ローク、本当にすまないな。今から行くから待っててくれよ。
どちらにしても、私は死ぬから。
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