深爪

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深爪

真夜中の3時。 外も車の走る音はほとんどせず、静かに秒針が鳴る。 時々誰かの声がするが大抵は酔っ払いの喚き声だ。 誰もそれを気に止めるものはいない。 その静寂の中で、パチン、パチンと爪切りの音だけが嘲笑うかのように反響し鳴り止まない。 俺はただ無心で爪を切る。 別に爪が伸びたから切っているのではない。 毎週日曜、爪を切るのが真夜中の習慣だからだ。 それを始めた年は覚えていないが、長い間続けている癖だ。もはやこの日に爪を切らないと眠れない。おかげで親指は赤く腫れ、痛々しい深爪になっている。それが靴にあたって痛いので皮膚科に行く。そしてまた痛みを忘れて爪を切る。医者にも何度か、もう止めろと勧告されてはいる。そのぐらい重症らしい。けれど切らないと落ち着かず、やってしまう。 馬鹿だとは、思う。 それでも止められないのは呪いのせいだ。 ーーー夜、親指の爪を切ると親の死に目に会えない どこにでもあるような迷信。そんなことをしなくても人は平然と死んでゆく。そんなこと分かっているはずだった。会いたくても待ってはくれず、離れたくても縛り付けられる。 爪を切りはじめてしばらくして、1度だけ我に返った。 親とは離れたはずなのにいまだ険しい顔をしてその姿をじっと思い浮かべている。自分は何をしているのだろう。じっと自分の手を見た。その時に見た自分の爪は小さくて薄黒く汚らしかったのを覚えている。 深夜、三時。いつも通りの静けさにまたあの音が響き渡る。 今日も、過去を忘れたくて。真夜中に爪を切っている。
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