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「あ、いや別に・・。何もないですけど。」
それを聞いて鬼切店長は、ニヤリとして言う。
「そうか。じゃあ、決まりだな。ちょっとドライブでも行こう。」
貴志が答える間もなく、既に車は走り出していた。
交差点、横断歩道、コンビニ・・・・走る車内からは、貴志がいつも下校時に見慣れている町並みが見える。
しかし、そんな景色は一切、貴志の目には映らず、チラチラと車内を見回すのに精一杯だった。
「・・・この車、何ていう車ですか?」
あんまり車に詳しくない貴志が、聞いてみる。
鬼切店長が、優しい眼差しを向けて答えた。
「コレか。BMWだ。知ってるか?」
「は、はい。聞いた事あります。確か、高級外車ですよね?」
「まあな。それなりに、良い車だ。」
そう答える鬼切店長のダンディな雰囲気は、この車がよく似合う。今日だって、この車と比較しても見劣りしない様相を呈していた。黒いベロア生地のジャケットをさりげなく羽織り、長い足に合ったスリムな黒いパンツ、そして左手には、ブランド名こそ判別出来ないが高級そうな腕時計を付けている。
貴志は常日頃から、鬼切店長に対して思っていた。この人は完璧すぎて、何か不満や悩みなどあるのだろうか、と。
「それより、どうだ? 調子は? 何か変わりはないか?」
「あ、まあ。特に。」
「そうか。それなら良かった。今日、仕事の諸用で出掛けていたんだが。終わったから、たまには車で迎えに行ってみようかと思ってな。」
鬼切店長は、また優しく言ってくれた。
「そんな・・。迎えに来てもらって、すいません。」
「気にするな。用事が済んだついでだ。」
車は、赤信号で停まった。交差点を行き交う車。夕方近くになると、徐々に車が増えてくる。
ほんの僅かな時間、車内は沈黙で満たされたが、貴志はすぐにどうしても話さなければならないと思った。
「・・・あ、あの、鬼切店長。」
「ん? 何だ?」
前を向いていた鬼切店長が、チラリと貴志の方を向く。
「いや、・・あの、すいません。実は、この前、母に昔の話を聞いてしまって・・・。」
貴志は意を決して、話を切り出した。
「ん? ああ。昔って、・・あの頃の話か。」
鬼切店長は一瞬、疑問を抱いた顔をしたが、すぐにいつもの笑顔で返答する。
貴志は自分自身が、悪い事でもしたかのような気持ちになり、鬼切店長の顔を見れなかった。
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