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立ち止まり、車の方を見つめる貴志。
その窓ガラスが静かに開いた。と、そこから顔を覗かせたのは、鬼切店長。
「鬼切店長!」
貴志は、思わず声を発した。
「乗れよ。」
鬼切店長はたった一言で、貴志を車の助手席に同乗させる。
貴志は普段、車というものに乗る機会が殆どなく、これまでに乗った車といえば、せいぜいタクシーぐらいだった。
にも関わらず、鬼切店長はまるで自転車の後ろにでも乗せるような気軽さで、貴志をこの高級空間へと案内したのだ。
スムーズな流れで乗り込んだように思えるが、貴志に至ってはドアが開いた後も顔を覗かせただけで躊躇し、一歩踏み出して自分の汚れた靴を踏み入れる事が出来なかった。
外装の見た目デザインも、いかにも高級外車だと一目で分かったが、その内装も決して期待を裏切らない。本革のシートにきちんと上質感に仕上げられたフロント周り、そして嗅覚からも実感させられる高級エレガントな香り。
その異次元空間の中に、貴志はやっと勇気を振り絞って着座する事に成功したのだ。だがしかし、本当の緊張感はこれから始まる。
今まで、座った事のない座席シートの感触と適度な傾き、包み込まれるようなクッション性。そして貴志の長い足が伸ばされた、その先には着地した靴が感じ続ける絨毯のような感触。
「今日は、一人で帰ってるのか?」
ゆっくりと走り出した車を運転しながら、鬼切店長が聞いてきた。
「あ、今日は昌也が部活だから。」
高級シートに、まるで面接の椅子に座ってるかのような硬い態度で、貴志は答える。
「そうか。今日、バイト休みだろ?」
またすぐに、鬼切店長が投げかけてきた。
それに対して、緊張感を隠せない貴志が返答する。
「は、はい。休みです。」
「この後、何か用事あるのか?」
鬼切店長は、この高級外車を手足の如く操作しながら尋ねた。
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