14人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの、・・・何気なく母に、父との出会いの事を尋ねたら、偶然鬼切店長の話が出てきまして・・。」
貴志は自分が言い訳でも言っているかのような気持ちになる。
「そうか。」
「いや、・・それで若い頃、県境の峠の所でレストランをやっていたんだ、って・・。」
貴志は詰まりそうな声を、頑張ってそのままの勢いに乗せて、話し続けた。
俯いている貴志は、運転しているはずの鬼切店長の視線を感じる。
「そうなのか。・・で、どう思った?」
BGMも流れていない静かな車内で、何故か貴志の鼓動が一番高鳴って聞こえる気がした。
「いやぁ・・・、どう思った、って・・いうか。」
貴志は、自分でも何をどう答えているのか分からなかった。
二人の乗った黒い高級外車は、街通りを抜けていく。
貴志は、聞いた話の内容を思い出すようにしながら話し続けた。
「えっと、・・母は、鬼切店長とお互い、想いあっていた、って・・。でもその後、鬼切店長は料理を勉強するため、東京へ行ってしまったんだと。」
鬼切店長は、黙って話を聞いていたが、一度軽く咳払いすると、話しはじめる。
「俺が、・・24歳、だったかな。叶恵さんは、21歳。お互いに料理が好きだという共通点もあり、峠のレストランで働いていた。毎日忙しかったが、あの頃が一番楽しかったのかもしれない。」
車は街を外れ、木々が立ち並ぶ山の方へと走る。
前を向いている貴志には、語りかけてくる鬼切店長の声だけが、その耳と脳を支配していった。
「貴志。お前も知っている通り、叶恵さんは、・・お前のお母さんは、人を見捨てる事が絶対に出来ない人だ。たとえ、それが犬であったとしても。その犬を自分が飼えないって分かっていても、捨てられている犬を連れ帰るような人なんだよ。」
貴志が助手席から、鬼切店長を見つめる。
最初のコメントを投稿しよう!