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美咲が立ったまま、身体を貴志の方へ向き直り、問いかけてきた。
「ねえ。人って、そうなるのかなあ? あんな優しい人でも、好きな人のため・・幸せになるためだったら、死神にでもなってしまうのかなあ?」
貴志は美咲と目を合わせず、正面を向いたまま首を横に振る。
「・・・分からない。俺にも、分からないよ。」
美咲は立ち尽くしたまま俯き、その華奢な両方の手の平は、強く握りしめ小さく震えていた。
やがて、ポツリと口を開いたのは美咲だった。
「・・・でもね。私、思うんだ。」
貴志は変わらず正面を向いたままだったが、美咲が発するその言葉の一つ一つに、耳だけの存在になっている。
「確かに、・・・真理さんが人を殺してしまった事。その事実は変えられないし、決して許される事じゃない。恐ろしい殺人鬼の真理さんが出てきたんだと思う。」
話し続ける美咲の声は、震えているようにも聞こえたが、どこか自信と確信に満ちているようにも感じた。
「でもね。私も、貴志も、・・真理さんにはお世話になったじゃない。優しくしてもらったじゃない。いつも私たちに優しく接してくれた真理さん。それも事実よ。だから私は、真理さんには、いつか恩返しをしようと思ってるの。」
貴志は、まだ言葉に詰まっている。
「そう思わない? 人は誰かに何かしてもらったら、必ず恩返しをしないと、ね。」
それを聞いて、貴志も何度も頷いてみせた。
「俺も、そう思うよ。」
美咲の表情に笑顔が出てくる。
その時だった。二人の背後に、聞き覚えるある声が激しく唸る。
「もう〜! 二人で、こんな所でサボっていたのか!」
振り返って声の方を見ると、仁王立ちで腕組みをしている、スーパーの店員、小太り男が立っていた。
二人はまずい状況だと察知するが、時すでに遅し。小太り男の怒りと愚痴の説教を聞かされる事となる。
「正社員の俺が、一生懸命働いている時に、アルバイトの君たちは、こんな所でサボって! もしや仕事中に、LINE交換なんかしていたんじゃないだろうな!」
「いや、そんな、サボってなんかいません。」
貴志がすぐに弁解した。
「あ、じゃあ私、残りの仕事あるから。」
と、美咲は言い残して、そそくさと立ち去っていく。
貴志は、また商品棚への整理をし始める。
「本当に〜! ちょっと目を離したら、コレだからな!」
小太り男は舌打ちすると、この場を離れて行った。
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