白髪神木

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白髪神木

「この地方に来たのも久方ぶりですね。」 草木も眠る丑三つ時。 石畳を軽やかに踏みながら振り返れば、我が主は帽子をひょいと傾けた。 「150年ぶりってところか、神仏系の建物はあまり変わらないから安心するな。道に迷わないで済む。」 ゆったりとした口調で青龍(せいりゅう)様が応える、前回の旅行からそんなに経っていたのか。 ここがまだ三河という地名だったころに訪れて以来だ、ほんの数年前に感じるのになあと驚きながら参道を進む。 ひらひらと飛んできた紅葉が、右目のアイパッチにぶつかった、季節はすっかり秋である。 「貼る眼帯なんてものができたんだな。」 「便利ですよねぇこれ、ただ生きてる人間が長時間着けるとかぶれそうな心地です。」 「なるほど。」 いつの間にか隣に並んだ主と共に、再び石段を渡る。 人の世はどうにも発展が早い、前回こんなにきれいな石畳だっただろうか?あんなにしっかりした手水舎があっただろうか?鳥居も木製だったっけ、石でできていなかっただろうか。 掠れ気味の記憶を掘り起こそうと、躍起になって鳥居の先に目を凝らしていると、ふと視界の端に白い何かが見えた。 境内には、季節外れの雪にでも振られたかのような真白い木があった。 唐突に飛び込んできた光景に一瞬面食らうが、すぐにそれが雪などではないと気付く。 白く細い和紙が、枝が見えぬほど縛り付けられているようだった。 柵に掲げられた看板が目に入る。 『白髪神木』というらしいその真白な小山は、細く白い和紙をまんべんなく枝に括りつけられることで完成する神木らしい。 なんでも、神社から提供される和紙を枝に括りつけることで願いが叶うんだとか。 「凄いですね、全部願い事ですか。1枚100円の和紙で願いを叶えようという人間がこんなに。」 「いつの世も人間は欲深いねえ。」 ゆったりと看板に歩み寄った青龍様は、しみじみと言った風にぼやいた。 「前回来たときこんなものあったんですかね。」 「さあねえ、あの頃はまだ神仏系の敷地に入るのちょっと面倒だったからねえ。あ、100年前に一夜にして真っ白い和紙に包まれたって書かれているな、じゃあ見ていないね。」 「一晩でですか、それはそれは。」 くるりくるりと神木の周りを散策する。と言ってもさして大きさは無い、枝の端から端までせいぜい6畳程度、高さ2メートルも無い低木だ、変わったところは特にないように見える。 葉もさして茂っていない、よく枯れないな。 「神木、って感じの木ではないね。」 「青龍様まだそういう事わかるんですか。」 「よくわからない何かに成り下がっては居るけれど、これでも一応怪異の端くれなんでね。神木の気配は特に……というかこれは。」 言うが早いか、何を思ったのかひょいと枝をかき分けて、主人は白の中に埋もれて行った。 「青龍様?」 かろうじて見える足が、幹まで進むと何かを探すように体を動かした後「龍龍こっち。」と名を呼ばれる。 勇んで白の中を進めば、直ぐに射干玉の髪に巡り合えた。美しい金の目が優しく私を見下ろす。 「龍龍(ろんろん)、何故白髪神木は、ある日一晩にして白髪神木になったと思う?」 なんとも唐突な問だった、時折この方は突飛なことを言う。 「一晩で、何かを必死に願った人がいた、とかでしょうか。」 「おそらくそれも間違いではない。ただ、おそらくはこれを隠すためというのが一番だろうな。」 白魚の手がひらひらと私をいざなう。 導かれるように指し示す方に顔を寄せれば、目線の少し上に小さな木の洞があった。 のぞき込んでも、何があるという訳ではない。長年の雨風で堆積した砂と、白い小石。 「……石?」 暗い洞内で小さく光るそれは、一見小石に他ならない、だが少し黄ばんだそれを私は見たことがある。 ぎりぎり片手が入る洞内に右腕を突っ込み、一つ二つを手探りでつかみ取る。 引き上げ、青龍様にも見えるように掲げてみればよくわかった。 「骨、ですかね。」 「骨だね、もう魂も残ってはいない、神の元へ帰ったんだろう。おそらく赤子かな。」 青龍様の手が、洞内に伸びるのを見て私が集めると述べれば、そうかと手をひっこめられる。 「いつの時代にも口減らしだとかそう言ったことはあるものなんですかね。」 「かもね。白髪神木ができたのは今から100年前ほどらしいから、表立った口減らしがそうそうあったのかわからないけれど。」 「それか、生まれてくるのを望まれぬ子供だったかですかね。」 見当たる遺骨をすべて集め、手のひらに並べる。 風や雨で流れ落ちてしまった分も多いのだろうが、それにしても少なかった。 「生まれながらに死んでしまったか、出来きる前に生まれてしまったか……。まあ、神木に詰める時点で何かしら思うことがあったのかもしれないけれど、罰当たりと言えば罰当たりか。焼いた子供を持って来たのか、そのまま持って来たのかはわからないけれど、ばれぬようにと和紙を結んだ者の執念も相当だ。何を思ってそんな労力のかかることをしたのか。」 まあ、その者ももう居はしないだろうが。 「……どうしましょう、この。」 「川に流せば、この土地の神が包んで連れて行ってくれるだろうよ。」 少し懐かしそうに言いながら、私の手の中にある過去の誰かを長く白い指が撫でる。 「そう難しい顔をするな龍龍、何事も終わってしまったことだ。」 進んできた道を折り返す。 気を抜けばこぼれ落ちてしまいそうな骨を、手のひらに閉じ込めなが歩む。 風もない静かな夜に、ざわりと神木が揺れる音が響いていた。 ほどなくして、白髪神木は枯れ落ちたという。
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