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人呑み用水路
なんのことはない、自分達のテリトリーである古山から下り商店街を練り歩いていたときであった。
青龍様が古びた駄菓子屋を冷やかしているのを、夕焼けで嫌に伸びる影を揺らしながら待っていた。
狭い駄菓子屋の中を、先客の子供3人と青龍様が占拠している。
子供からの奇異の眼を受ける青龍様を眺めていると、ふと医療用眼帯に包まれて狭くなっている視界の端に映るものがあった。
駄菓子屋のすぐ横に用水路がある。
広い幅を持つそこは人が落ちないようにか、真っ白なコンクリート製の板が複数枚ぴっちりと被せられ奥まで続いて行って塀に区切られ見えなくなる、おそらく塀の奥は暗渠につながっているのだろう。
何のことはない、下町によくある生活の一部。
だがその塀の手前のコンクリート板の上に、子供が立っていた。
駄菓子屋の中にいる子供と大差ない、十に満たなそうなその子供はしゃがみこむ。
こういった所って入っていいのだろうかと、声を掛けようとしたとき。
トプンと子供が呑み込まれた。
コンクリートの隙間から、ぬるりと用水路へと滑り落ちた、子供が。
「っおい!」
ぐっと足を踏み出す、確かなコンクリートの感触を覚えて、力強く固い板を踏みしめ
ぐにゃりと足元が歪み、ヘドロの浮かぶ水面が見えた。
「あ」
咄嗟に突き出した手が空を切る。
背中にぞっと寒気が走った。水面からこちらを見ている、呼んでいる、私を。おいでと、かわいいこ、いっしょに、やわらかな、おさない、たましい、いっしょに。
「まぁたお前は。」
ぐっと、腹に腕がまわった。
水面が遠ざかり、日の射す路面に尻もちを付く。
とっくの昔に止まることを辞めた見せかけの心臓がどくどくと脈打った。
日に翳った用水路には、変わらず白いコンクリートが這っている。
そうだ、人が落ちるような隙間なんてなかったじゃないか。
なら、初めに落ちた子供は何だったのか。
「青龍様、今。」
「お前は、自分がどう死んだか忘れたわけじゃないだろう。」
見上げれば、するりと白い指が私の額を撫で擦って離れた。
「お前は私の中で死んで、私の中で生まれ落ちた。」
二の腕をつかみあげられ、立たされる。昔から見れば縮んた主人が、ずいぶんと大きく見えた。
「生死の運命というのは付いて回るものだ。お前も、近しいものから呼ばれたんだろう。」
振り返っても、子供の気配はない。
「まあ今回は、先人がいたから呼ばれたにすぎないだろうけど。」
ほら、と指し示す主人の指先には、用水路の手前に立つ電柱の影がある。
ずっと忘れ去られているのだろうそこに、土に汚れた小さな花瓶が草に埋もれるようにして座っていた。
「たとえ怪異の蔓延る時代が過ぎたとはいえ、油断をしてはいけないよ。お前も特級怪異だなんて言われているのに、難儀なものだねえ。」
いたわる声音を聞きながら、嗚呼またすくい上げられたのだとその時わかった。
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