空知らぬ雨

4/7

99人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「離せよ」  頭に血が上る。  この人に触れるな、傷つけるな、今すぐ離れろ!!  大声で喚き散らし、ズタボロにしてやりたい気持ちを必死に堪え、竜聖は獣のようにフーフーと激しく息を吐きながら男を睨みつける。 「さい……かわさん」  弱々しい声が聞こえ、我に返る。竜聖は此花に駆け寄り、男の腕を払いのけた。フラリと倒れこんでくる此花を抱え、竜聖は再度男をねめつける。 「警察呼ぶぞ」  竜聖の言葉に男が冗談、といったように両手を上げる。 「逃げようとしたから追いかけただけだ」 「何故そんなことをする?」  男はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。それを見てゾクリと肌が粟立った。嫌な予感がした。 「そいつは俺の恋人だ」 「……」  腕の中の此花は、彼の言葉を聞いた瞬間から小刻みに震えている。だが、精一杯の抵抗も見せていた。 「ちが……う」 「違うって言ってる。お前、デタラメ言ってんなよ」 「万里が俺から逃げたからだ。俺は別れるなんて認めちゃいないのに!」 「それ、ストーカーって言うんだぜ?」  自分の行動を棚上げするようでチクリと胸が痛んだが、今はそんな時ではない。この男は此花の気持ちを無視して無理やり自分のものにしようとしている。まるであの日の再現だ。 「お前、誰だ? 万里を返せ!」 「嫌だね。万里は嫌がっている。万里はお前の元から逃げたんだろ? 潔く諦めろ」  名前でなど呼んだこともなかったのに相手に触発された。だがここでいつもどおり「此花さん」などと呼べば、男に舐められてしまう。それだけは絶対に嫌だった。 「お前……万里の男か?」  此花の身体が大きく震える。竜聖は此花の身体をきつく抱きしめ、意地悪く口角を上げた。 「そうだよ。だから、今後一切俺の万里に近づくな」  ドスのきいた声でそう言ってやる。自慢じゃないが、竜聖の体つきも目の前の男と比べて遜色ない。おまけに、顔つきはどちらかといえば強面だ。仕事の時は笑顔を心がけているのでそうは見えないが、無表情でいたり少しでも機嫌の悪い顔をすると、ヤのつく商売でやっていけるとまで言われたこともある。  男は竜聖に凄まれ、ジリジリと後退る。あともう一押しといったところか。 「また万里に手を出すようなら……出るとこ出てもいいんだぞ?」  ヒッと男の喉が鳴る。出るところ、男は一体どこを想像しただろうか。竜聖としては、もちろん警察だ。だが竜聖の顔つきからすると、その筋と誤解されても仕方がない。 「ヤバイ奴に囲われやがって!」  男はそう言って、二人とは反対方向へ一目散に駆けていった。 「ヤバイ奴って……お前ほどじゃねーわ」  憮然としながら呟き、腕の中にいる此花の顔を覗き込む。顔面蒼白といった様子で、竜聖の腕がなくなれば途端に崩れ落ちそうだ。 「此花さん、ちょっとすみません」  竜聖は此花を座らせ、スーツのポケットから携帯を取り出す。しばらく通話した後、再び此花の身体を支えた。 「犀川さん……」 「こんな状態で社に戻れるわけないし。ここから近いので、俺ん家行きましょう」  竜聖は早退する旨会社に連絡し、その後でこの近くにタクシーを呼んでいた。  しばらく待っていると一台のタクシーがやって来る。竜聖は此花を抱えながら路地を出て、通りに停まっているタクシーへと乗り込んだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

99人が本棚に入れています
本棚に追加