空知らぬ雨

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 まだ顔色の戻らない此花をソファに横たえ、竜聖は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。それをテーブルに置くと、少し苦しげな表情の此花を見て、あっと気付いた。 「上着、脱いだ方がいいですね」  此花の身体を支え、スーツのジャケットを脱がせる。そしてネクタイを外し、シャツのボタンを開ける。これで呼吸がしやすくなるだろう。  此花の胸が上下するのを見て、サッと視線を逸らせる。白い肌が垣間見え、妙に艶めかしい。  竜聖がドギマギしていると、此花は華奢なその身を小さく丸めた。 「此花さん?」 「ごめん……」  今にも消えそうな声に、竜聖の心が締め付けられる。  竜聖は恐る恐る手を伸ばし、此花の髪に触れた。ビクッと肩が上がる此花を落ち着かせるように、そのままゆっくりと髪を梳く。 「優しくしないでくれ」  掠れた声がして竜聖は手を止める。だが、すぐに再開させた。此花はいやいやというように首を横に振るが、それには構わず竜聖はずっと髪を撫で続ける。 「軽蔑……するだろう?」  何が、とは問わない。此花の言わんとすることはわかっている。  自分に男の恋人がいたことについてだ。 「しませんよ」 「嘘だ」 「嘘じゃない」  それきり黙り込んでしまった此花に、竜聖は息をついた。  誰にも言ったことがなかった心の奥の隠しごと、今こそ曝け出す時なのかもしれない。此花の心を開くためにも、長年抱いてきた想いを告げるためにも──。  竜聖は腹を括った。 「俺、今まで誰にも言ったことがなかったんですけど」  此花の身体が僅かに強張るのがわかった。竜聖は小さく笑み、そのまま話し続ける。 「入学式で初めて此花先輩を見た時、こんな綺麗な人がいるのかと思いました。思わず見惚れた。凛として、格好よくて、目が離せなかった」  高校時代を思い出しながら、ポツリポツリと言葉を紡いでいく。 「それからずっと此花先輩を目で追うようになって……。先輩、ブラスバンド部だったでしょ? いつも音楽室の窓際にいた。グラウンドからよく見えて、俺、いっつも先輩を見てた」  アルトサックスを手に、真剣に演奏する此花の横顔をずっと見ていた。誰にも知られないよう、こっそりと。  これは竜聖だけの秘密だった。誰にも明かすつもりはなかったし、明かすことなどないと思っていた。だが今、本人を目の前に明かしている。人生とは何が起こるやらわからないものだ。 「今から思うと、俺は此花先輩に憧れていたのかもしれません。そして……先輩が卒業する日」 「……今日みたいに、犀川君が助けてくれた」
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