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卒業式の日、竜聖は世話になったサッカー部の先輩を探していた。ひとけのなくなった三年の教室を確認していくうち、とある教室からくぐもった声が聞こえてきた。何だろうと思って小さく扉を開けると、そこには信じられない光景があった。
此花が、誰か知らない男子生徒に襲われていたのだ。
此花は必死に抵抗していたが、力で敵わないのか両手を頭の上で押さえ込まれている。此花は両手だというのに、襲っている男の方は片手だ。もう片方の手で此花のシャツを引きはがし、肌を露出させる。
その瞬間、竜聖の頭の中は真っ白になった。その後教室に飛び込んだことは覚えている。そこから先の記憶は朧気なのだが、竜聖は襲っていた男を追い払い、此花を自分のジャケットにくるんだ。こんな姿を他の誰にも見せたくなかった。
とにかくショックだった。男が男に襲われるという現実に、頭が大混乱を起こしていた。
『ごめん……犀川君』
それが此花の声だと認識した時には、すでに此花は自分のジャケットやコート、鞄などをひっつかんで教室から走り去るところだった。追いかけたかったが、追いかけてどうすればいいのかわからなかった。立ち上がったはいいが、ピタリと足が止まる。
それが、此花を見た最後だった──。
「あの時は混乱しててわからなかった。でも俺、後で気付いちゃったんですよ」
「……何に?」
竜聖をそっと見上げる此花に、柔らかい笑みを向ける。
「男でも、男を好きになっていいんだって。そういうこともあるんだって」
「……っ」
「此花先輩を襲ってたあいつ、今でも許せない。ボコボコにしてやりたい。でも……あいつは先輩のことが好きだった。あんなことするくらいに、好きだった」
「どうしてそんなことがわかる?」
普通なら好きな相手にあんなことはしない。やるべきではない。それは当然だ。だが……。
「あいつ、泣いてたんですよ。泣きながら好きだって叫んでた。当時の俺にはわからなかったけど、今ならわかるんです。あいつはもうどうしようもないところまで追いつめられていた。だからあんなことをしたんだって」
「……」
「もちろん、許されることじゃない。同情するつもりはないです。でも、あいつが此花さんを想っていたことだけは確かです。俺にはわかった」
「どうして?」
此花がノロノロと身を起こす。切羽詰まった瞳を竜聖に向ける。
あぁ、この人は自分を全く理解していない。自分の姿が、その瞳が、人にどう映るのかを。
竜聖は自分の中に芽生える欲望を懸命に抑え込みながら、静かに此花を引き寄せた。
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