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「俺も、あなたを好きだからです。此花さん」
そう、好きだったのだ。入学式で一目見た瞬間から。
その気持ちにつける名前を知らなくて、それでも姿を追うことを止められなくて。
此花が卒業してしまう日、ようやくわかった。誰にも言えなかった自分の想いに名前がついた。しかし──。
「やっと気付いたのに、会えなくなった」
どれほど悔しかったか。自分の馬鹿さ加減を呪ったか。
ふと、頬が温かくなる。見ると、此花が竜聖の頬に手を添えていた。
「そんな顔するなよ」
「今思い出しても悔しくてしょうがないんです」
此花はコトンと竜聖に身を預けてくる。驚きつつそれを支えると、信じられないような言葉が耳に入ってきた。
「僕も……好きだったよ」
「えぇっ!?」
素っ頓狂な声に、此花が小さく笑う。そんな笑みさえ見惚れるほどに美しい。
目をパチパチと何度もまばたきさせながら此花の言葉を待っていると、此花も過去を明かし始めた。
「僕もいつも見ていた。君が駆け回るグラウンドを」
「え……」
「君を、犀川君を見たいから、いつも窓際を陣取っていた」
竜聖はパクパクと口を開くが言葉が出てこない。
「ずっと想っていた。でも、気持ちを伝えるつもりなんてなかったよ。そのまま卒業するつもりだった。なのに……」
あの出来事があった。竜聖にだけは知られたくなかったのに、よりにもよって竜聖に目撃され、助け出されてしまった。
どうしていいのかわからなかったと此花は言う。
「ちゃんとお礼を言いたかった。でも見られたことがショックだった。……僕は、幼い頃からずっと男にしか興味がなかったんだ。あの彼もきっとそうだったんだと思う。同類はわかるっていうしね。だからよけいに君には知られたくなくて……逃げた」
苦しげに告白する此花を強く抱きしめる。込み上げる愛しさに溺れそうだ。
「今は?」
「え……」
「此花さんは、好きだったって言った。それは過去だろ? 今は?」
強引に顔を覗き込むと、此花は身を捩って隠そうとする。だが、それは許さない。
竜聖がじっと見つめると、やがて観念したかのように此花がポツンと言った。
「好きだよ」
「それは、恋愛対象として?」
「……そう」
消え入りそうな声だが、はっきりとそう断言する此花を思い切り抱きしめる。苦しそうに逃れようとするが、絶対に逃がしはしない。
好きだと気付いた瞬間、別れはやって来た。その事実を頭で理解した時、竜聖は死ぬほどの後悔を味わった。
これまで、どれほど辛い時でも苦しい時でも涙を流したことなどなかった。だが、この時だけは堪えられなかったのだ。一晩中ベッドに蹲りながら悔し涙を流し、朝までまんじりともしなかった。
このことは誰にも言わない、隠しごとのままにしておこうと決めている。あの耐え難い悔しさは、これからも教訓としてずっと胸に刻んでおくのだ。
竜聖は腕を緩め、此花を見つめる。やっと欲しかったものが手に入り、喜びに顔をほころばせる。
「犀川……」
「竜聖。竜聖って呼んで。……万里」
頬を染め俯いてしまう此花に、竜聖はクスリと笑みを漏らす。
つい気持ちが急いてしまうが、急ぐ必要はない。互いの気持ちを明かしたのだから、これからはゆっくりと進んでいけばいい。
竜聖は此花のつむじに唇を落とす。ピクリと身体を震わせる此花を再び抱き寄せ、竜聖は破顔した。
了
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