空と花、嘘と恋

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「ずっと好きな人がいる」  そして、水落はとつとつと語り出した。 「学生の頃からだ。俺は片親でね。でも、あるとき唐突に再婚するなんて言い出して、大学生の頃に突然、弟ができたんだ。向こうの連れ子さ。五つも年下の、まだ高校生だった。ひと目で、恋に落ちたよ」  それから、水落は「なんでかなあ」とひとりごちながら手のひらで目を覆ってしまった。水落の唇から零れた吐息は、震えているようにも聞こえた。 「綺麗だった、すごく」  水落はそう言うと、「はは」と笑った。 「俺はお世辞にもいい人間じゃあない。でもそんな俺を、あまりにも純粋な目で見てくるんだよ。もう高校生だ、いい奴と悪い奴の見分けくらいつくだろう。なのに、だよ。あいつは、どこまでも、俺を信じる。その目が、すごく、綺麗だった。そして今も、ね」  水落はそう言うと、目を隠していた手を前髪を掻き上げるように頭上へと退ける。そして、少しだけ首を曲げて、空汰を見る。オレンジ色の照明の色を映して、水落の目はきらきらと光る。 「俺は、彼が好きで、好きで、堪らない。あのときからずっと。今も、そしてたぶん、これからもね」  空汰は声にならぬため息を零した。それから、ふと、水落の手で光る指輪に目をやる。その視線に気がついたのだろう、水落は小さく笑う。 「これは、契約」 「契約?」  水落の言葉を思わず繰り返せば、水落は短く「そう」と頷く。 「俺は、彼女を愛してるわけじゃない。それは彼女も同じだ。お互い、叶わない恋をしてる。そして、俺たちは結婚することで、本当に愛する人の隣にいることを選んだ」 「……どういうことです?」 「結婚してしまえば、もう、ある種の諦めがつくだろう。そして、割り切って、兄弟として、彼女の場合は友人として、本当に愛する人の隣に立てる。うまく伝わらないかもしれないけど」  空汰はそう語る水落の目を見る。それから、また、指輪に目をやる。と、水落がまた小さく笑いを零した。そして、言葉を次ぐ。 「……というのはまあ、建前かな。最初は諦めるためだったさ。無駄だったけどね」  そう言うと、水落はまた、その指輪の嵌った手で、目を隠した。 「君なら、その意味がわかるんじゃない?」  零すように言ったその言葉を、空汰は静かに、静かに、飲み下す。喉を通り、胸を過ぎてもっと深く、腹の奥底に、その言葉を沈める。
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