6. エゴ

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「久しぶりだね、Koiくん」  薄暗い居酒屋の個室の向かいの席に、水落は遅れてやって来た。 「ごめんね、待たせたかな。仕事が長引いちゃってね」 「問題ない」  レンが無愛想に応えると、水落は笑う。やって来た店員に適当に注文すると、早速とでも言うように、水落はレンに顔を寄せてくる。 「Koiくんから連絡してくるなんて珍しいじゃない。どうしたの?」  その顔に浮かぶ笑みに、レンは眉を寄せる。この男は、すべてを知っている。そう思った。 「空汰の居場所、知ってますよね」 「……へえ?」  レンが問えば、水落は目を細めて笑う。そして、背もたれに体を預けるように、身を引く。 「鹿谷くんがいなくなったことは知っているよ。ママから聞いた。でも、どうして俺が鹿谷くんの居場所を知ってるだなんて思うんだい」 「最後に空汰に会ったのは、あんただろう」  その言葉には確信があった。空汰がいなくなる前日、強い雨が降りどこかで雷が落ちたあの日、空汰は水落と会っていた。そしてふたりはホテル街に消えていったという。すべてママから得た情報だった。  ママの情報網はすごい。だめもとでママに空汰の足取りを尋ねてみたら、その場であちこちに電話をかけ、みるみるうちにそれらしき情報を集めてくれたのだ。 (たぶん、空汰は水落さんと関係を持ったはずだ)  レンはその情報を聞いたとき、納得した。 (空汰は誰とも関係を持ったことはないと言っていた) (そして、空汰はまだ花田を想ってる)  だとすれば、今の空汰の胸の内にある感情は、おそらく『罪悪感』だ。 「確かに最近、鹿谷くんには会ったよ。俺が最後かは知らないけど、」 「大雨の日だ」  レンは水落の声に重ねるように言う。 「雷がこの辺で落ちた日」  水落は、なにも言わない。レンは水落から目をそらさない。 「ホテル街」  水落は表情を変えず、相変わらず薄く笑みを浮かべている。レンは目を細める。 「ホテルの名前も、言いましょうか?」 「はは」  水落は笑った。そして、「ママの情報だね」と諦めたように首を横に振る。  タイミングを見計らったように注文していたものが運ばれてきて、水落は酒を手に取り、ごくりと大きく飲み下した。 「鹿谷くんは、かわいそうな子だよね。そして、可愛い。囲ってあげたくなる。彼にはやっぱり、そういう素質があるよ」  笑いながらそう言う水落にかっと頭に血が上る。声を荒らげそうになるのをレンはなんとか押さえ込んだ。 「……やっぱり、あんた、」 「違うよ」  と、水落はレンの言葉を遮る。 「Koiくんが思っているようなことはなかったよ」  つまりは、と水落は言葉を続けながらもまた酒を煽る。 「鹿谷くんは、俺に抱かれなかった」  そう言ってから、水落は「違うな」とひとり首を振る。 「違う。俺が、抱けなかった」 「は?」  思わず呆けた声が出てしまった。そんなレンに、水落は笑う。 「泣くんだもん、彼。あんまりにも純粋っていうか、若いっていうか。そういうの、ちょっと重いよね。ほら、俺、一応結婚してるわけだし。だから俺は、抱けなかったよ」  ――頼る相手、俺じゃないはずなのにね  最後に言葉になるかならないかの小さな囁きが、つけ足すようにそう零す。  それから水落は大きなため息をつくと、「まあ、」と空気を変えるように声を大きくした。 「鹿谷くんは、俺に抱かれたかったみたいだけどね。でも結局、一晩ホテルで飲み明かして、それで、解散したさ。安心した?」  レンはその返答に眉を寄せた。 (空汰は水落と関係を持ってない……?)  だとすれば、どうしてなのか。 (どうして、空汰はいなくなった?) 「……その後、空汰は?」 「知らない」  レンの問いに、水落は即座に首を横に振る。水落が嘘をついているようには見えなかった。レンは思わず肩を落とす。大きくため息をついて、背もたれに体を預けた。顔を両の手で覆う。 (絶対にこいつのところにいると思ったのに)  思えば昔からそうだったな、と唐突にレンは思う。昔から、空汰に関わる予測は当たったことの方が少ない気がする。そう自覚すると、笑いがこみ上げてきた。 (俺は、空汰のことをわかっているつもりで、全然わかってないってことか)  喉の奥が熱くなる。目がじわりと濡れてくるのがわかって、腹が立つ。自分に、腹が立つ。 「でも、知ってることもあるよ」  ふと、水落がそう言った。顔を覆った手の隙間から水落が見える。水落はゆったりとした仕草でタバコに火を点ける。 「彼の家、まだ田舎に残ってるらしいね」  チチチ、というライターの音。  ふわりとくゆる、タバコの煙。  レンは目を閉じた。
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