388人が本棚に入れています
本棚に追加
そしてたどり着くと、いつかのように、そこに見慣れた背中を見つけた。その背中は、かつて見たときほど小さくはない。
「空汰」
レンが呼びかければ、空汰は驚いたように少し肩を震わせると、ゆっくりと振り向いた。そしてレンの姿をみとめると、目を丸くしたあと、どこか泣きそうに、そして困ったように、笑った。
「レン……」
レンは黙って空汰の隣に並ぶ。
「……いつも、レンの方から来てくれる。東京にだって、来てくれた。ごめん」
でもありがとう、とそう言う空汰に、レンは眉を寄せて俯く。
「……そんなにいい奴じゃねえよ」
かろうじて、それだけ言う。そんなレンの返答に、空汰は小さく笑った。
「レンはいい奴だよ。俺なんかより、よっぽど」
「そんなわけねえだろ」
すぐさまレンが否定すれば、「そんなことあるよ」と空汰は首を横に振る。
「黙っていなくなった俺を、二度も探しに来てくれた。見捨てないでいてくれた」
見捨てるだなんて、とレンは思う。できたなら、どんなによかっただろう。どんなに、自分の心は軽くなるだろう。けれど、絶対にそんなことはできないのだ。
「ねえ、レン」
空汰は微笑みを顔に残したまま、囁くような小さな声で言う。
「レン、俺の話、聞いてくれる?」
レンは、無言のままそれに頷いた。空汰はそれを見守ると、すっと、今度はどこまでも広がる青い空を見上げる。
「俺はさ、先生を探すために東京に行ったでしょ。レンはそれに反対した。東京に行くことにじゃなくて、先生を探すってことに」
空汰はひとつ、息を零す。なにかを耐えるような息遣いだった。
「こうなることが、わかってたんでしょ」
「違う」
レンは、そんな空汰の言葉にかぶせるように首を振る。空汰は少し驚いたようにレンを見る。その視線を感じて、レンも、空汰の顔をまっすぐに見る。
「空汰、それは違う」
そしてもう一度、それを否定した。
空汰が東京へ行くことには、レンも賛成だった。この村から出て行く判断を空汰自身でしたのであれば、それはいいことだと思ったのだ。それに、てっきり花田が空汰を連れて行くと思っていたからでもある。反対したのは、また空汰が東京でひとりになってしまうと思ったからだ。
(じゃあ、俺がついていけばいい。そうも思った。だけど、)
だけど、空汰は花田を探すのだと言う。花田を探す空汰にとって、空汰を想っている自分の存在が近くにいるのは、邪魔になってしまうのではないだろうか。そう思ったのだ。
「俺が反対したのは、」
レンは応えかけて、口を噤む。
(だけど本当は、)
(俺が反対した本当の理由は、空汰が花田を追いかけるのが嫌だったからだ)
(否定して、反対して、そしたらもうここには存在しない花田のことなんて諦めて、すっかり忘れて、そしてまた、俺が空汰の隣に立てる日が来ると思ったからだ)
空汰はレンの言葉を待ち、じっと見つめてくる。レンはどうにもいたたまれなくなって、目を伏せる。
(そんなこと、)
小さく、唇を噛む。
(そんなこと、言えない)
レンには、自分の思いを空汰に打ち明けることなど、できなかった。
(今更空汰に好きだと訴えたところで、)
はっと、短い息がレンの口から漏れ出す。目頭が熱くなる。
好きだと伝えることが空汰を困らせるだけだということは、痛いほどによくわかっていた。
(俺は、空汰に幸せになってほしいだけだ)
幸せに、なって欲しい。
苦しい思いはして欲しくない。
(それが俺のエゴだとしても、俺は、そのためなら、)
(そのためなら、俺は俺の気持ちを殺すし、嘘だってつく)
(嘘を、つける)
最初のコメントを投稿しよう!