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ぽたり、と濡れた髪から冷たい雫が落ちる。冷たい雫は頬を濡らし、つうと顎まで伝って、それから、膝の上で丸めた手の甲に落ちる。濡れた手の甲を、空汰は睨むように見つめた。
水落に誘われるがままに、空汰はホテルまでやって来た。水落はどこまでもスマートで、なにの迷いもなく数ある中からひとつのホテルを選び、受けつけを済ませ、空汰を部屋まで導いた。そして、さっさと空汰を風呂に入れ、その間にまた少し酒を用意しておいてくれていた。空汰は勧められるがままに用意された酒をちびちびと飲みながら、シャワーを浴びに行った水落を待っている。
そんなつもりはなかった、と言ったら嘘になるかもしれない。
(雨の、せいだ)
そんなことを、空汰はぼんやりと思う。
ふたりで酒を飲み、そしてまるで吸い出されるように、空汰はいろんなことを水落に話してしまった。自分でもよくわかっていなかった自身のことですら、水落はいとも簡単に空汰の中の奥底から掬い上げ、言葉という形に乗せて、空汰の外へと引っ張り出したのだ。
自分でも知らぬものを内から引き出されていくその感覚はまったく不快ではなく、むしろ、最後にはなんだかすっきりとしてしまった。自分でも名前をつけられなかった感情に、少しだけ、理解が及んだ気がしたのだ。
そうして、なんとなくそのまま別れがたいような何とも言えない雰囲気をまとって、ふたりは店を出た。と、途端に、叩きつけるような雨が降ってきたのである。まるで、見計らったように。
そして、水落は空汰の手をそっと握り、言った。
――雨宿りでも、してく?
そして、ここまで来てしまった。
ここはどうしたって、そういうホテルだ。部屋の主であるかのように堂々と鎮座する大きな白いベッドが、それを物語っている。
(でも、これで、)
空汰はベッドを眺めながらそんなことを思う。ことり、と手にしていた簡素なグラスをテーブルに置く。
(これで、)
頭をよぎるのは、傷んだ金髪だった。
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