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(レンはずっと一緒にいてくれた)
すん、と空汰の鼻が鳴る。
(レンは、そんな目で俺を見たことはなかった。これまで、ずっと)
レンが空汰を受け入れないことなど、ないと思えた。そのくらい、空汰はレンを信頼していた。
だからこそ、なのだ。レンがもしも受け入れてくれなかったら、と考えてしまう。空汰にとって、レンの存在は唯一だった。レンを失うことが、怖かった。
(どこで、間違えちゃったんだろう……)
じわりと目頭が熱くなる。
(全部忘れたい)
(全部、なかったことに、したい)
(全部、全部……)
(先生のことも、そして、レンのことも)
「鹿谷くん?」
と、ふと、声がかけられる。はっとして膝から顔を上げると、目の前には目を細めて笑いながら顔を覗き込んでくる水落がいた。いつの間に風呂から出てきたのだろう。まったく気がつかなかった。
「やっぱり、やめる?」
水落が小さく首を折った。その問いに、空汰は大きく首を横に振る。
(これで、忘れられるはずなんだ)
「やめません」
空汰がきっぱりと言えば、水落は「ふふ」と笑いを零した。そして、空汰の手に節くれだった冷たい手を添える。空汰の手が絡め取られる。そして、誘われるように、ベッドへと手を引かれる。
心臓が、苦しい。どくどくと、妙な速さで脈を打っている。緊張もある。けれど、きっとそれだけではない。自分の中に随分と昔から深く深く根づいていたその感情に、気がつきつつあるからだ。随分と前から芽吹き、けれど決して水も陽の光も与えないようにして、成長させないように、むしろ枯らそうとさえしてきたその感情に、今、名前がつこうとしている。その感情が、空汰に訴えかけてくるのだ。違う、と。
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