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と、そのときだった。核心に迫ろうとしていた手が、すうっと離れていったのだ。同時に、体にまとわりつくように感じていた水落の体温も、香水の匂いも消える。シーツの滑る音がして、空汰は閉じていた目を開く。その振動で、ほろり、とまた涙が落ちた。目の前に、水落の姿はない。
はっとして空汰は隣を見る。水落はそこに横になって、空汰を見ていた。その顔には表情がない。笑ってもいないし、怒っている様子も、呆れている様子もない。
「頼る相手は、俺じゃないでしょ」
短く、水落は言う。水落の手が空汰の頬へ伸びる。空汰に触れたその手は冷えていた。先ほどまでの行為の熱は、一切感じさせない。
もしかしたら、と空汰は思う。水落は、始めからそのつもりはなかったのではないか、と。
「話をしようか」
水落が言う。ほんの少し、口の端に笑みが浮かんでいた。大人の笑みだ。すべてを見透かした笑み。空汰は睨むように、その顔を見た。
行為が中断されたことにほっとしている自分がいる。そんな自分に、心底腹が立った。無理やりにでも続けてくれればよかったのに、とそう思う。
「……じゃあ、俺の話をしよう」
応えない空汰に、水落は表情を変えずにまた言葉を次いだ。水落の手が、空汰から離れていった。空汰の方を向くように横になっていた水落は、仰向けに姿勢を変える。ぎしりとベッドが軋んだ。水落はなにもない天井になにかを見ているか。目を細め、そして、穏やかに眉尻を下げた。
空汰はそんな水落を見つめながら、今目の前にいるのは、なんの面も貼りつけていない、ありのままの水落であることを悟る。
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